これまでどちらかというと寡黙で受動的なイメージの強かった印刷業界のイニシアティブが目立つようになってきた。大日本印刷と凸版印刷という世界的大企業がここまで積極的に動く以上、本のデジタル化の先にある出版の再編をも射程に入れた戦略的動きであることは間違いない。しかし、大凸ほどの規模でなくても、E-Bookビジネスにコミットする動機と能力を持つことは可能だし、家電や通信など周辺業界よりは実質的リーダーシップを取りうるだろう。
最近、E-Bookをめぐる印刷業界の動きが急です。新しい業界団体を立上げ、製作にとどまらず、流通から版権管理まで、バリューチェーンの多くに積極的にコミットしていこうという姿勢は、ほとんど出版社をしのぐ積極的なものといえます。大日本印刷と凸版印刷の2社が突出したこととはいえ、日本の市場形成が欧米とは違ったものとなることを予感させるものです。印刷会社がやってきたことが、電子化で不要になる「印刷・製本」だけではなかったことはすでにお話ししましたが、印刷業界がE-Bookに関心を持つには、ざっと次のような積極的・消極的根拠があります。
- 本の製作に深く関わり、データファイルも管理している。
- 出版物全般の印刷需要減少への対処を迫られている。
- 出版業界に対して少なからぬ債権を有している。
- 隣接した業界で内情を知悉しているだけに参入が容易。
- 製作を中心としてビジネスモデルを描くことができる。
- これまでも(広告代理店同様)黒子として大型企画に関係してきた。
そもそも、日本の本の奥付にはほぼ必ず印刷・製本を受け持った会社の名前が記されています。商業印刷物でも、冊子体のものではよく見かけます。しかし、欧米ではこのようなことは一般的ではありません。印刷した都市名はあっても、印刷会社はないほうが多い。日本の本は、出版社と印刷会社の共同製作で出来ており、それだけ印刷会社の関与が強いと言えます。もちろん、それに関わる人の情としても版下から製本までの「ものづくり」部分に関わっているぶん、愛着も強くなるでしょう。
印刷会社のアプローチは、基本的に以下の3つに分けられると思われます。
- デジタルデータ製作型
- 出版情報処理(ITサービス)型
- バリューチェーン型(流通・課金、版権管理などを含む総合サービス)
1.はE-Bookファイル製作請負ですが、単純なデータ変換で済むなら付加価値が乏しく、逆にデータ変換で済まない場合には手間ばかりかかって正当な対価が得られない可能性があります。印刷・製本で元を取るということができないので、ビジネスとしては成り立ちません。入稿方法、元データの質(スタイルの使用の有無等)、工程/工数、価格などを詰める必要があります。これは「格安印刷」の場合と同じです。現状では1.と2.のはっきりした区別はありません。組版スタイルのカスタマイズなどは、簡単なものなら1.ですが、独自の開発を伴うなら2.となるでしょう。
2.は、レイアウト仕様、読者・出版社が必要とする各種の機能、メタデータ環境などを開発・提供するものですが、受託開発型のサービスでは安定性が見込めません。技術よりもビジネスモデルを開発するのが重要でしょう。ITサービスのモデルじたいが転換期にあり、これも受託からプロダクト→SaaS→クラウドへの移行が進んでいます。価格設定も、無料をベースとし、付加機能を有償とするなど、競争戦略が必要です。中長期的には、アプリ型コンテンツの比率が多くなるでしょうが、本そのものの操作環境という側面が強いので、E-Book出版プロジェクトじたいに参加(あるいは主導)するための体制をつくることが重要になります。これはデータニュービジネスになります。
3.は、出版のバリューチェーンそのものをプロデュースするアプローチです。アマゾンやアップルと同様に、あるいはそれとは別のやり方でE-Book出版ビジネスを構築するものですが、ハイリスク・ハイリターンなものだけでなく、ニッチ型のものも考えられます。印刷会社が家電メーカーより優位にあるとすれば、デバイスやキャリアなどを自由に選択できること、メーカーよりは本特有のデータ/メタデータと経済性をよく知っていることです。しかし、月並みなものでは成功はおぼつかない。出版に関連する様々な付加価値を独自の方法で実現できるかどうか(サービスデザイン)が鍵となるでしょう。異業種連携、国際的連携が必須だと思います。(鎌田、08/04/2010)
〔本稿8月10日に開催する第5回研究講座「「“電子書籍元年”の中間総括-印刷業界の視点」への解題として書き始めたものです。当日は、この連載をベースにお話しし、討論を行いたいと思います。ご参加をお待ちしております。〕
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