本と広告は、長い間(PR書籍を除いて)ほとんど接点がなかった。雑誌をやっていない出版社は、自社広告以外、広告の世界とは付き合いがないだろう。しかし、E-Bookは本と広告を結びつけることを技術的に可能とした。米国では特許申請が相次ぎ、まもなく実証実験が行われる。賛否両論はあると思うが、E-Bookが印刷本と同水準の価格では受け容れられず低落傾向にある以上、いずれ出版は広告との結びつきを強めることになる。その必然性は強い。(写真はLinely PlanetのiPad版シティガイド)
E-Bookの低価格化の行きつく先=広告の導入!?
E-Bookの価格についてはいろいろ議論があるが、一般的には出版社が希望する価格(つまり印刷本と似たような値段)では売れそうもなく、安いほど多く売れることが明らかになっている。単価×部数で売上を最大化させる価格水準は$12.99ではなく、$9.99ですらなく$7.99。ことによるとさらに下かもしれない。8ドルの価格から流通マージン30%を天引きされ、著者印税(25%+)を払えば残りは3.6ドルあまり。これでは10万部売れても$360Kにしかならない。平均10万部売れるものを3,000タイトル(!)揃えて、やっと10億ドルあまりということで、大企業としての生き残りはかなり苦しくなってくる。
読者が現在のE-Bookに期待する価格水準は低い。価格を高める方法としてはアプリケーション化、マルチメディア化があるが、これは少なくとも短期的に出版社がとりうる方向ではないだろう。別の技術と投資が必要になるからだ。現在の主流であるE-Book(つまり紙のコンテンツの表示)を前提にするなら、販売点数を現在の3倍以上に増やすか、別の収入源(ビジネスモデル)を開発する以外に、出版社は読者が望む低価格ニーズに応えられないことになる。その場合は、大手流通が、既刊コンテンツを中心に低価格化を進め、出版社はさらに苦しくなるだろう。
最近、米国で「本の広告」が注目されている。伝統的なメディアの中で、唯一広告とは縁がなかった本を、広告媒体にしようというものだ。きっかけはWall Street Journalの2人が特許を取得し、続いてアマゾンも特許申請を行ったこと。おそらくGoogleも同様の特許を準備していると思われる。WSJの特許の詳細についてはまだ把握していないが、書籍のダウンロード購入者に対し、その本に(何らかの意味で)関連した商品やサービスの広告を表示する形式のものと思われる(オプトイン/アウトを採用すれば、広告を毛嫌いする人は除外される)。これはアマゾンなどでおなじみの「本商品を購入されたお客様はこんな商品も同時に購入されています)というレコメンデーション機能がベースとなっている。技術的にはすでに確立されたものを使用している。
本が広告媒体となってこなかった最大の理由は、印刷本の少なからぬ部分が“耐久消費財”であるために、広告で最も重視される「時間」をコントロールできず、すぐに陳腐化するためだ。印刷本では、コンテンツの賞味期限と広告の消費期限は同期できない(コンテンツ自体が広告である場合は除く)。また、タイトルによって販売数量に極端な差がありながら予測不能なので広告商品としてはなじみにくいし、雑誌という最適な媒体があったために本の広告は、自社広告や(年鑑物などの)協賛広告を除いては成立しなかった。出版業界にとってよかったのは、広告を取らず読者に依拠する孤高の存在として、現代のメディアとしては異例の“貴族的”権威を維持できたことだ。チラシや求人広告で新聞ジャーナリズムの独立性が維持されてきたことといい、よい時代が続いてきたというほかない。
広告モデルはいずれ成功する。影響はかなり大きい
本の広告媒体化は成立するだろうか? 本→本に関して成立することは、すでにアマゾンが15年間の印刷本販売と2年間のE-Book販売で実証している。ただし、この場合は購入時に、購入者のプロファイルに最適化された本を推薦するというのが基本となっている。本が広告と結びつく形態は必ずしも直接的なものではない。ジェームス・ボンドの時計や自動車が商品広告になったとしても、それは小説刊行時ではなく、映画化の時点だった。ハンニバル・レクター博士も、映画と小説ではブランド嗜好を変えたが、これも映画だからこそ許されるご愛嬌的商業主義だろう。原作にCMが混入すれば読者が嗅ぎつけてけなされる恐れが強い。有名作家の小説がブランドだらけになるとも考えにくい。
フィクションの中身が直接広告と結びつく可能性はそれほど大きくないと思う。もっとも地名と結びつけた旅行情報や、料理と結びつけた食材、作中の音楽と関係のある音楽ソースなど、いくらでも考えられはするし、アマゾンなどは積極的に実証実験を行う気だろう。他方で、実用書は商品との結びつきが非常に強い。現に、IT業界は“ホワイトペーパー”と称する技術文献を無料で専門家向けに出版・配布するのに、莫大なマーケティング費用をを遣っている。また特定製品と結びついた技術資格に関連した参考書は数万部以上の潜在需要がある。出版社、広告主、読者がハッピーとなるような関係を構築することは可能だ(残念ながら、経験的に広告や買取が付くと編集が甘くなる傾向は否めないが)。
本を広告メディアとして位置づけるビジネスモデルでは、
- 本自体のコンテクスト(著者、内容)
- 読者のプロファイル
- 読者の関心、欲求の推定
をもとに具体的な商品との関連づけをダイナミックに行い、購買に誘導することにより広告料を得ることになる。広告を付ける場所と表示するタイミングは、幾つかの選択の余地があるが、いちばん無難なのは、購入/ダウンロード時点だろう。
<読者↔欲求↔商品>のモデル化とユーザーエクスペリエンス(UX)の最適化はかなり高度な工学的プロセスを必要とするので、アマゾンのような(本から生鮮品まで扱う)通販ビジネス企業や、Googleのような検索連動広告の大手、モバイル広告企業などが中心的役割を果たすことになる。しかし、ニッチ分野ほど出版社の才覚が生きるだろう。数学モデルによるビジネスインテリジェンスなどより、アナログの常識と勘(それに最小限のIT)が生きる世界だ。
出版社に必要とされるのは、本のコンテンツからコンテクストを取りだす高度なメタデータということだが、出版社がプラットフォーム会社と対等の地位を主張できるかどうかは、対象市場の広さに依存する。オンライン広告料が著作者、出版社、広告プラットフォームにどのように配分されるかはケースバイケースだろうが、巨大なユーザー・データベースを持ち、スマートなロジックを開発できる企業が一般的に多くを得ることになるのは容易に予測できる。もちろん、出版サイドにもそれなりの見返りはあるだろうが。
広告モデルの導入は、一般的に次のような利点がある。
- E-Bookの価格を引下げることができる
- 無料本からでも収入を得ることができる
- 読者数、出版数を増やすことで市場を活性化させる
これらを実現する能力を持ち、最大の付加価値を実現できるのはアマゾンである。またしてもアマゾン(!)。10年以上前から今日を見通し、ビジネスモデルとテクノロジーモデルの開発を指揮してきたジェフ・ベゾス氏の慧眼には恐れ入るほかはない。
読者を商品と結びつける方法は無数に開発されるだろう。最初は笑い話で片付けられても、成功者に成果を見せられては笑えなくなる。とりあえずはコンテクストが明確な実用書である。旅行ガイドなどは無料が当たり前になる可能性が強い。電子ツアーガイドの出版社は膨大な広告収入を確保できるかも知れないし、逆にツアサービスのほうが防衛的に出版業に進出する可能性も強い。いずれにせよWebビジネスの常で、競争は激化し、寡占に移行する。ビジネス・インテリジェンス(BI)を組込んだマーケティング技術は急速に進化しており、<読者↔欲求↔商品>モデルは高度化するからである。
出版社の選択肢
出版社としてとりうる選択肢は何か。とりあえず以下のようなことが考えられる。
- 独自の「広告モデル」を開発する(Web広告会社と共同で)
- 他出版社と連携する(“紹介料”を取る)
- 雑誌コンテンツなどを再編集して商品を豊富化させる
- 自社本の広告を進化させる
- 広告プラットフォームを可能な限り自前で開発する
オンライン広告とE-Bookとが結びつくということは、雑誌と書籍の境界が消失することを意味する。これまで雑誌と単行本の間に「ムック」というジャンルがあったが、賞味期限が長い記事を持つ多くの雑誌は、自動的にムック的なものとなるだろう。連載をまとめて1冊にしたり、同じカテゴリーの記事をまとめて1冊にして広告を付けることができる。雑誌広告と異なるのは、以下のような点である。
- 期間を限定して広告内容/対象商品を自在に変えられる
- スペース、位置にほとんど制約がない(脚注から飛ばすこともできる)
- 営業・集稿のプラットフォームを別に構築して利用することができる
雑誌などの経験で言うと、広告への依存度によってライター、編集者の意識もかなり違う。もちろん、依存度が高いほど危機感が薄れ、読者より広告主を意識するようになり…という悪循環に入ることが少なくない。もちろん、過去には広告出版物でありながら内容と品質で高く評価されたものが存在した。しかし1970年代の第二次石油ショックを境に、内容的には空疎化・陳腐化し、出版活動としても衰退していったように記憶している。これが編集者・発行者の表現意欲の減退によるものなのかどうなのか、よくわからない。
E-Bookの導入により、出版は広告との結びつきを強めるだろう。その必然性は強い。しかし、表現意欲が減退し、内容がパブリシティに近くなれば、やはりゴミに限りなく近くなる。そうならないためのヘッジも考えないと、E-Book広告もかつての雑誌ブームのように不幸な顛末を迎えることとなろう。結局のところ、出版社がまず取り組むべきは、E-Bookを次の1冊に結びつける広告フォーマットの開発なのである。(鎌田、09/14/2010)
参考記事
- Get Ready for Ads in Books, Ron Adner and William VIncent, Wall Street Journal, August 19/2010
- Forget Ads In Books, Lit-Lovers Face An Even More Hideous Prospect, by Paul Carr, TechCrunch, 08/20/2010
- Customers Who Bought Moby-Dick Also Bought Viagra, Richard Curtis, E-Reads, 09/07/2010
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