アップルのアプリ審査指針が、アマゾンのようなE-Bookストアをも射程に入れているとすると、時々問題になる検閲どころではなく、形成途上のE-Bookのエコシステムに重大な影響を与える。iPhoneやiPadを中心とするiOSデバイスを利用するコンテンツ/サービス・ビジネスにとっての唯一の決済プラットフォームであることを宣言したことになるからだ。頭をアツくする前に、考えてみていただきたい。iPadとは何か?
2. アップルのメディアビジネス戦略は新段階に入った
iPadはE-Book読者やアプリ開発者から歓迎され、すでにコンテンツビジネスにおいて不可欠に近い存在となっている。またiPadをビジネスのプラットフォームとすることを計画している企業も多い。そしてiOSアプリのかなりの部分は、Web上の自社サイトに引きこむための入口として使われている。IAPが強制されれば、iPadを使った多くのビジネスモデルは成立しなくなる。30%が5%に下がったとしても、すべての購入・決済をアップルを通して行うことになるからだ。
IAPの徹底は、iPadの圧倒的成功を経たアップルのビジネス戦略が、第2段階に入ったことを意味するものと思われる。米国で1,000万台。90%あまりのシェアを占めるiPadは、2011年を通してさらに3倍以上に拡大する。普及段階ではあらゆる種類のアプリを許すことでユーザーの支持を得たが、もはやそうしたものの力を借りる段階は終わった。
iPodに始まるアップルのビジネスモデルは、クラウドとデバイス、オープンとクローズドな環境を巧みに使い分ける。アマゾンもそれを継承したが、デバイスとUIにかける熱意はかなり違う。文字ばかりの本を読む限り、iPadのユーザー体験はKindleと比べて分が悪いが、E-BookアプリではKindleは太刀打ちできない。立上げ時点でのキラーアプリを求めていたアップルは、コンテンツとサービスアプリを誘引するために外部サービスへのアクセス制限を思い切り緩めた。その結果、iPadは魅力的な汎用メディアタブレットとして、重要なコンテンツを持つ出版業界から受け容れられ、市場での地位を確立した。iPadにおいてE-Bookは、iPodにおける音楽プレーヤー、iPhoneにおける電話とWebのようなキラーアプリのような役割を十二分に果たした。しかもKindleとは違って、iPadはデバイスとしても大きな利益をもたらしている。
iPadにライバルが登場した現在、このままデバイスの拡販を続けるか、それともクラウドビジネスでの果実を得るのかという2つの選択肢の間で、アップルは後者を選択したと思われる。これからクローズドで排他的な面を強めていくだろう。それはiPadをiPod(あるいはKindle)のモデルで運用するということである。これは出版業界にとっては、アマゾンへの対抗勢力が出来るという点で歓迎できることかもしれないし、高機能・高UXなデバイスと市場支配力を兼備した「もう一つのアマゾン」が生まれたということで脅威になるかもしれない。
3. iPadは誰のものか、そしてiPadとは何か
ここで、少し考えてみなければならない。いったいiPadとは何だろうかということだ。iPad(あるいはアップル製品)は、次のうちのどれだろう?
- iTunes/App Store専用端末
- 汎用タブレットコンピュータ
前者と考えるならば、IAPはまったく正当なものだ。iPadはKindleと同じく、App Storeが直接間接に販売するコンテンツやサービスを利用するための端末で、iPodと変わらない。メールその他のアプリケーションも実行できるが、それは付加的なものにすぎない。タブレットとしての機能、そしてそれを使ったサードパーティのビジネスは、アップルのメディアコンテンツ・ビジネスを邪魔しない限りにおいて認められる。審査指針を守らないアプリを使えばサポートの対象から外れる。
多くの人は、iPadがメディアタブレットであり、同時に汎用のタブレットコンピュータでもあることを評価している。筆者もその一人だ。Apple IIがパーソナル・コンピュータを、MacintoshがGUIの世界を拓いたように、iPadは一企業のビジネスを超えた、ひとつの世界を創造する稀有なデバイスだった。しかし、ビジネスは利で動く人間の活動であって、同時にすべてであることはできない。創造者とビジネスマン、神と人間のどちらかを選択しなければならない。
もしかするとジョブズ氏はすべてでありたいと考えているのかもしれない。そうでもないと3回も世界を創造したりはできないし、しないだろう。もしかすると、彼にとってアップルのメディアデバイスは、彼のサイバースペースとユーザーを結ぶチャネリングの道具で、IAPは契約の証なのかもしれない。ウンベルト・エーコはOSにおけるアップルをカトリックに、マイクロソフトをプロテスタントに喩えたが、21世紀のジョブズ氏は、使徒を必要としない、啓示と契約の旧約的な神に近づいている。 (鎌田、01/29/2011)
連載目次
1. 「猶予期間」は終わった
2. アップルのメディアビジネス戦略は新段階に入った(本記事)
3. iPadは誰のものか、そしてiPadとは何か(本記事)
4. 非IAP一斉排除の可能性
[…] アップルのメディアビジネス戦略は新段階に入った […]