米国出版協会(AAP)は2月16日、2010年12月度の出版統計を発表し、E-Bookの売上が前年同月比2.5倍強(164%増)の4,950万ドルとなったことを明らかにした。AAPがE-Bookに関する数字をとり始めて9年目となるが、昨年の出版市場のデジタル比率は8.32%となり、これも09年の3.20%から一気にシェアを高めた。重要なことは、E-Bookが出版市場の低落をカバーし、出版市場全体を3.6%増の116億7,000万ドルと押し上げられたことだろう。ではE-Bookは出版業界の救世主であることを証明されたか?
紙とデジタル、増減分の一致は偶然か?
「多様なフォーマットが出版界から提供されることで、消費者の選択肢が増えました。この力強い数字は、AAP会員の出版社の努力とともに、それを読書界が評価した結果ということが出来ます。」(AAPのトム・アレンCEO)
このコメントには高揚感が溢れている。昨年まで出版界を覆ってきた暗雲が吹き払われ、(不況下にもかかわらず)デジタル化に「努力」した結果、落ち込みからは免れ、成長も見込めるという自信がうかがえる。しかし、数字だけを見ると、別のことも言えるかもしれない。学術系などを除く一般印刷書籍の売上は、5%減って48億6,400万ドル。一般印刷書籍と電子書籍を合わせた市場は0.16%増と横ばいだから、電子本の増分(2億6,310万ドル)と印刷本の減分(2億2,180万ドル)は完全に釣り合うことになる。では電子本は印刷本を食って伸びたのか、それともカバーした額が偶然一致したのか。これは検証する必要があるが、現時点では確実な答は得られない。
なお、予めお断りしておくが、AAPの数字は「大手出版社の卸出荷額」であり、これを全体の市場規模と考えると(とくに「取次制度」を前提として考える日本では)誤解を生じる。実際には2倍以上が実数ということになるが、傾向だけに注目して見ていただきたい。
E-Bookこそが成長をもたらす
- 2005年以降、米国出版業界は新商品の開発など格段の「努力」がなければ成長が望めない状況にあった(つまり構造的衰退産業と考えられた)。
- 2007年まで、E-BookはPCをターゲットとしていたが、成長は緩慢だった。書籍リーダが2007年末に市場に投入されて状況は変わった。2008年以降のE-Bookの成長率は、93.4%→176.5%→160.3%で、新市場の成立を示している。
- 2008-10年の3年間、一般書籍の印刷本の増減は、-2億9,990万ドル、+3,090万ドル、-2億6,300万ドル。E-Bookの増加は、2,960万ドル、1億820万ドル、2億7,100万ドルで、この2系列の数字の間に相関を見出すのは困難である。
- 消費者の購買傾向は、専用リーダが読書家から普及し、彼らが本の購入を増やしたことでE-Book市場が離陸したことを示している。読書家は利便性を選択し、印刷本の購入を一定程度減らした。しかし、一部の本は「所有」価値として購入する。
- 専用リーダの低価格化とタブレット、スマートフォンなどの普及で、本が「手を出しやすい」商品となったことで、一般の読者、あるいは非読書層も刺激されてE-Bookを購入している。まだ一部だが、E-Bookが書籍市場の拡大に貢献している。
- ボーダーズが典型だが、米国では成長性のない在来型書籍流通ビジネスから資本と人材が流出し、店舗が減少して出版産業の足腰が弱まっているために、電子的流通に頼るほかに成長は望みえない状況となっている。
紙でもデジタルでも、本を売り(買い)やすい媒体がよい媒体だ
またおそらく、以下のことはほぼ確実だ。
- ・出版社にとって重要なことは、基本的にビジネスとしての維持・成長が可能であるための「出荷金額と利益率」、そして出版の社会的機能を示す「発行点数と読者数」である。デジタル化はいずれにおいても害になるものではなかった。E-Bookは儲かる。
- 印刷本の減少と電子本の増加の間の因果関係は証明されていないが、仮にそうであっても容認できる。E-Bookは、消費者にとって合理性があるから商品として発展しているのであり、これを戦略商品とすることに抵抗はない。
- たんなる印刷本を置き換える市場の外に(あるいはそれを土台とすることでその上に)、拡張型E-Book、ソーシャルメディアとしてのE-Bookには市場創造の可能性がある。印刷本は成熟した商品だが、ビジネスとしての成長性はない。
- 消費者(読者)がデジタルでの読書体験を選択するならば、それは出版社として前向きに受け止めるしかない。出版は印刷物を書店で販売することではなく、どんなものでも消費者が選択する形態で出版物を提供することである。
つまるところ、こういうことだ。いまは感傷に浸っている余裕はなく、消費者の選択に応えて成長戦略を見つけて実行するしかない、と。
緩慢な死に導く「日本の無気力」
日本では出版不況を、ほとんど(努力とは無関係な)運命のようなものとして受け容れている。証明抜きのこの理屈では「電子書籍」が登場すれば、その分印刷本が売れなくなるという。その上「電子」には印刷物が持つ権威性もなく、伝統的な商法も通用しない。いまさらITなどやりたくない。だから、消費者が何と言おうと、イヤなものはイヤ。これが日本の出版界と(日々ネットに脅かされている)マスコミを覆っている空気のように思われる。昨年の「元年」の黒船を、「衝撃」で出迎え「安堵」で見送った業界人は少なくない。この無(気)力感、脱力感は、いまや日本全体を覆って、死神のように人々から収入と定職を奪い、給料を保証されている幸運な人々には、甘い「安楽死」をもたらす。もちろん、貧乏神だけは元気で、稼ぎがあろうとなかろうと容赦なく税金を毟り取ろうとしている。この状況は終わらせなければならない。そして終わらせることが出来るのは、知識情報のコミュニケーションの媒体としての出版の外にはないと信じている。 (鎌田、02/19/2011)
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