前回の記事は予想外に多くの方にご評価をいただいた。それだけ編集に対する関心が高まっていることだと思う。続けて実践的な課題と解決の方向性、当面のしのぎ方などを、たぶんランダムに述べていきたいが、編集は性質のまったく違う多種多様な仕事からなっており、一人でもできるし、何人いても足りないこともある。デジタル時代に編集という仕事を再定義するには、少々乱暴だが、この不可思議な世界を単純化し、いったん分解することがどうしても必要になってくる。その上でプロセスとそれをサポートする編集プラットフォームをデザインするのだ。
めったにないこと
編集はとても多くの領域にまたがっており、それは建築やソフトウェアのデザインとよく似ている。抽象的に言えば、ライフサイクルを持った情報の構造体を設計・開発し、期待された役割を果たせるよう管理するという仕事だ。建築物のように、本にはウィトルウィウスの建築書にいう「機能・構造・意匠」という三側面があり、それらが最適なバランスとなるよう計画し、資金と人手を集め、仕事を指揮し、苦情を聞き、…そして帳尻を合わせなければならない。(下の図は、人体を幾何学的に分析したウィトルウィウスの著述に基づいた有名なダ・ヴィンチのスケッチ)。
とはいえ、ここまで超広角でものごとを見なければならないような時代はめったにない。編集される内容は多種多様でも、落とし込む先(つまり媒体と搬送手段、対象読者)は鋳型のように、その時代によって、また職場によってほぼ決まっているからだ。また編集を職業とする人々は、一人で性格の異なる出版物に関わることはほとんどない。事典編集者がマンガ雑誌編集部に回されることは考えにくい。いくらマンガに詳しくても、編集技術がまるで違うからだ。同じ内燃機関の設計者でも、農機具とスポーツカーでは別の専門性が必要になるのと同じで、プロというものは対象分野と必要とされる技術に精通しているからプロなのであって、そのほうが楽でミスも少ないからだ。
しかし、見なれた風景が一変するような、めったにない事態が現実に起きている。情報をデジタルに扱い、デジタルに加工し、デジタルに販売し、ビジネスの結果を毎日デジタルに見るという時代には、前提となってきたすべてを見直さざるを得ない。現在、日本ではまだ変化は微々たるものに見える。変化は、新しいものの登場よりも、旧いものの衰退として現れる。旧技術のマスターであるプロの多くは、旧いものを惜しみ、新しいものをけなし、あるいは考えることを止める。これは歴史上何度も繰り返されたことだが、しかし(くどいようだが)身近で起こることはめったにない。幸か不幸か、われわれはその時代を目撃している。
編集における大統合とエンジニアリング
編集には情報に関わる仕事(メチエ)と広告という2つの性格がある。実直な職人と言葉を操る詐欺師のように相反する性格かもしれない。だから編集については2種類のことが、2種類の人々によって語られてきた。企画・原稿整理、原稿指定・校正と進行管理…という散文的・日常的な「編集業務」の世界と、主に本や著者からネタを仕込み、書店の棚とカタログに目を配り、人と会い、想像・趣味・教養・人間関係…すべてを意識的・無意識的にないまぜにして、人の目を惹く企画に構成する「非定型」の世界だ。前者はきちんとプロセスとして定義されており、印刷を前提とした本づくりの優れた教科書もたくさんある。後者は成功した編集者の自慢話、固有名詞をつなげた与太話、衒学趣味として多く書かれてはいるが、どんなに面白くてもあまり役には立たない。肝心の方法は明かさないし、また明示化できないからだ。「編集工学」という言葉を発明した「巨人」がいるが、2つの世界を統合しておらず、また「工学」のていをなしてはいない(高額のセミナーで成功しているのは羨ましい)。その中間に位置するテクニカル・ライティングを、日本では実質的に学ぶ機会がない。逆に、いまだに「起承転結」「序破急」の駄文の山を築くだけの最悪の教育は、陳腐化を深めながら連綿と続いている。
われわれが考えなければならないのは、出版の仕事のベースがデジタル化していくなかで、「手仕事」と「広告」という編集の両極が包摂するプロセスとジョブを再定義しつつ、出版プロジェクトを成功させるために統合することだと思う。E-Bookによって手仕事の現場が変わっているように、広告もWebによって大きく変わっている。出版プロジェクトの中心をなす編集が変わるのは当然で、編集にもデジタルなプラットフォームが必要なのも必然だ。それは「手仕事」と「広告」を一つのプロセスに統合したものとならざるを得ない。デジタル技術による統合は不可能ではなく、多くの人が懸念するような機械的で乾いたものではない(少なくとも創造的な人が関わる限り)。編集が本質的にアートである限り、新しい名人と名人芸が登場する。それが旧い技や芸と一体化していない若い世代から生まれるのは、ほぼ確実だと思う。
E-Bookが登場して、出版関係者がまず考えたことは、印刷本をそのまま「フォーマット」することだった。出版の価値やプロセスを見直す必要はなく、編集に影響する部分も最小限だ。だから生み出されるものは単純にコンテンツの量に比例する。米国ではそれが百万を超え、SNSなどWebコミュニケーションと結びついて自己増殖を始め、デジタルな出版世界を自己組織化し始めたが、日本ではまだ荒れた土地に直接種を蒔いている状態だ。まだビジネスと言えない。これは何が何でもプロセスを変えたくない心情から発している。しかし、E-Bookビジネスを成功させるためには編集プロセスを再構築する以外にない。それは同時に既存の印刷本の編集プロセスと共存し、段階的に吸収するものでなければならないだろう。編集2.0は、E-Bookのための特別なものではない。この時代のためのものなのだ。 (鎌田、03/11/2011)
※本記事は3/23に開催されるEBook2.0研究講座の見どころ解説です。
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- 「EBook2.0プロジェクト第2期スタートにあたって」
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