米国の1月の出版統計で、E-Bookが初めて新刊ハードカバーを上回り、一気に一般書籍販売額の23.5%を占めたというニュースは、かなりショッキングなものだが、この2年間のトレンドの延長として理解するほかはない。このことの意味することは大きい。つまり、米国ではすでに(日本では数年以内に)デジタルを主とし、印刷を従として商品を計画すべき時代となったということである(電主印従)。印刷版をつくった後で、電子版を制作しようとする従来の方法では、コスト的にもマーケティング的にもまったく対応できない。
印刷本と電子本は方向性が違う
「印主電従」の何が問題だったかを考えてみよう。印刷物とデジタルファイルは、まったく違った性質を持つ。
- 印刷本の場合は出版社がすべてのコストを負担し、印刷工程以降のコストは可変コストであるのに対して、デジタルではコンテンツ制作以降のコストは固定である。
- 印刷本では、仕様(用紙・印刷・製本等)と刷部数により大きな違いが生まれるのに対して、デジタルの違いはほとんど付加機能で生ずる。
- 印刷本はアナログ表現において深く、機能は単純であるのに対し、デジタルでは視覚表現(色彩・解像度等)において浅く、動的・対話的機能において深い。
つまり、印刷本と電子本は似て非なるものと考えたほうがいいということである。見かけは似ているが、編集者・デザイナーが表現仕様を詳細にコントロールできる印刷本に対し、E-Bookは画面サイズ/解像度もアスペクト比もデバイスに依存する。ブックデザインとしてみれば、まともなデザインなど成り立たない。読むということだけをとれば、E-Bookの付加価値は、その利便性と価格以外にはない(それでも、米国ではこの2点だけで市場をリードする存在となったほど重要だ)。そして、後述するように、E-Bookの機能には限界はない。ブックデザインの課題は、印刷本よりはるかに劣る表現力や、絶対に追いつけないテクスチャなどを追求することよりも、内容や読者に即した機能の開発に力を入れていくしかないと言える。その開発は、エンジニアではなく編集者がリードしなければ進まない。ePUB3は、E-Bookの標準的表現のレベルを向上させるだけでなく、従来は1冊につき数百万円以上はかかっていた機能の開発を、短期間に一桁下げる効果を持つだろう、その機能を使うことが編集上の最大の課題となる。
電主印従時代の「中間フォーマット」:ePUB3
印刷本と電子本の違いを考えるなら、印主電従の現在の日本のE-Book開発のやり方はきわめて不合理なもので、コスト的に成り立たないし、将来のE-Bookの付加価値開発にも結びつきにくい。両者は共通の素材を共有するが、ベクトルは違う方向を向いており、作り込みの方向が異なるからだ。したがって、デジタル時代の編集・制作は、出来上がった印刷版から考えるのではなく、コンテンツが両方向に特化する以前の「中間フォーマット」から始めるべきだろう。レイアウト固定のPDF版ならDTPファイルからの変換で済みそうだが、印刷本の判型はE-Readerと同じではないので、商品としては問題がある。EBook2.0 MagazineのシンプルなPDF版は、iPadに合わせているが、そのままKindleで表示すると字が小さすぎる(文字サイズと字詰めを変えればなんとか読める)。
では何を印刷版と電子版の中間とすべきだろうか。ここで重要なのはコンテンツの構造であって表現ではない。最も汎用的なプレーンテキストでは足りず、ワープロやDTPソフトは構造と表現を同時に(独自の方法で)定義するので汎用性がない。RTFなどワープロ用中間フォーマットは印刷版に向いている。結論から言えば、コンテンツの骨格だけを定義できるHTML(XHTML)を使い、印刷版、電子版にそれぞれ適した表示スタイルをCSSで定義するのが合理的だ。XHTML+CSSという組合せはePUBそのもので、これが中間フォーマットとなる。Web用のエディタで編集し、WebブラウザとPDFブラウザで表示を確認すれば用は足りてしまうということだ。WordPressやMovableTypeなどブログ編集・管理ソフトはXHTML+CSSを採用しており、ePUBへの変換は容易だ。
ePUB3では、目次、索引、脚注、引用・参照情報、参考文献リスト、用語定義などのほか、数式(MathML)も扱えるようになるので、この「中間フォーマット」は事実上そのままE-Bookのフォーマットとすることができる。ePUBの構造定義が進化するほど、これをDTP編集のベースとする必然性は高まる。数年を経ずして、印刷本はXHTML+CSS→ePUB/DTPとして作り込んでいくのが一般的になるだろう。HTMLは、従来のワープロやDTPソフトで編集するにも扱いやすい。EBook2.0 Magazineの場合、HTMLファイルをMS Wordにそのまま貼り付けてWordのテンプレートで整形する方法でWordのファイルをつくり、それをPDF化している。
Webオンライン編集
HTMLをスタートラインとすることで、出版社は制作ラインをスリムにして制作・管理コストを最小化することができる。ePUBからそれ以外のE-Book形式に変換することは容易だから、その面のコストも考える必要もない。しかし、編集制作プロセスにおけるHTML化の意味はほかにもある。それは、著者と編集者の対話として行われる、原稿中心の編集作業のWeb(オンライン)化ということだ。原稿が一度に揃うことはまずないし、編集者はスタイルや校正など細部に入る以前に、構成と内容の整合性を確認し、必要なら変更や加筆・修正などを行う。この作業は、校正段階にも持ちこされることもあり。制作スケジュールに影響することも少なくない。しかし、出版物の品質はこの段階で決まることも多いし、この段階を省いてよいのであれば、編集者の必要性も低くなる。
編集は、「原稿」が出来て以降、印刷物として作り込んでいく作業を連想する人は多いと思うが、実際には「原稿」を確定するまでの前段階の編集があり、Webで更新される関連情報が増えるほど、またソーシャルネットワーキングを使ったマーケティングが重要になるほど、前段階の比重は高まり、高度化するだろう。出版物が意識すべき情報源は増えており、それに適切に対応しないと出版プロジェクトの成功確率は低くなる。そこで、執筆中の原稿を(半)公開してコメントを集め、内容を改善するようなオーサリング・スタイルも生まれている。また、最初から複数の著者で1冊の本を共著する場合もあり、E-Bookでは増加するだろう。
こうした編集の必要は高いが、ワープロやDTPソフトでのオンライン編集はあまり普及していなかった。Web上のオンライン編集は、ブログやWikipediaとして普及したが、これをベースとして発展させることで、ネットワーク上でのマルチユーザーのオーサリング+編集環境を構築することができる。それは
- コンテンツ管理(履歴、トラッキング)
- ユーザー管理(編集権限)
- 関連情報管理(参考文献とリンクなど)
- ユーティリティ(用語、校正支援など)
- メタデータ管理
を含むものとなるだろう。これは基本的に著者と編集者のための作業環境であって、これまでのようなデザイン・版下中心の環境ではない。編集者は多くの要求を技術者に出し、協力することによって、この環境を自分のものとすることが出来る。(鎌田、03/22/2011)
※本記事は3/23に開催されるEBook2.0研究講座の見どころ解説です。