世界最大の書籍産業見本市であるフランクフルト・ブックフェア(FBF)は、昨年から歴史的な変化の時代を強く意識した新企画を次々と打ち出してきた。様々な課題に立ち向かいながら、本の創造性とコミュニケーションの力をデジタル技術によって高めることを目ざしたものである。EBook2.0 Forumは、このイニシアティブを推進しているユルゲン・ボース総裁への単独インタビューを企画、7月の東京ブックフェアでの来日をはさみ、このほど完成させた。出版にとってのデジタル革命の意味、変革のための課題と方向性、ブックフェアでの様々な取組みと10月に開催されるFBF2011の内容など、かなり豊富でかつ深い示唆に富む内容となっている。(鎌田)
1. デジタル化は出版界にとって再活性化の好機
Q1. 印刷を基本としていた伝統的な出版産業は、E-Bookの急速な台頭によって大きな難問に直面しています。出版に関するほとんどあらゆるものがデジタル化した結果、生産、配布、マーケティングを含む、すべてのプロセスに影響を与えています。従来の書籍出版業のビジネスモデルは将来にわたって存続できるでしょうか。(以下、聞き手はロベルト・ジカーリおよび鎌田)
J.B. 出版業において、デジタル商品は、今日では主にチャンスとして考えられていると思います。印刷書籍にとって代わるものではなく、それを補完しつつ共存するのではという期待が広がっています。出版社がそのコンテンツを柔軟なものとし、同時にビジネスもそれに対応させることが出来るならば、このデジタル時代がもたらすイノベーションを怖れる必要はまったくないでしょう。たとえば、クロスメディア・メディアアプリケーションは、ストーリーとその表現手法を活性化するものですが、それと同時に私たちのビジネス手法を再活性化するものでもあります。
2. 著作権:「自由と規制」をめぐる国際的ソリューションの必要
Q2. 著作権の概念と規制は、どの分野でも混乱を極めています。私たちはステークホルダーの間で世界規模での合意を形成する必要があります。少なくともそれが実現する方向を見つけなくてはならない。総裁は問題をどのように考えておられますか。何かお考えをお持ちでしょうか。
J.B. タブレットPCとE-Readerが広く普及するにつれて、関係する権利の範囲も拡大しています。たとえばマルチメディア・コンテンツを含む拡張型E-Bookのような新しい形式の商品では、デジタル化権(digital rights)、双方向化権(interactive rights)なども関連しています。その上、バリューチェーンもかつて考えられないほど多様化し複雑化しました。話せば限がありませんが、かつては二次元的概念だった「価値空間」が、爆発的な勢いで拡大しています。またユーザー生成コンテンツや集団的著作なども、著作権問題の複雑化を拡大する要因でしょう。
一方では、創造性を解放するためには自由が必要であることは明白です。権利の取得は技術的に迅速で容易でなければなりません。その点で私は、Copyright Clearance Centre(米国のNPO→Wiki)のRightsLinkのようなアプローチに注目して見ています。しかし他方で、著者はそのコンテンツの利用に関して十分なコントロールを保持する必要もあります。このことは、バリュー・チェーンの各段階のすべてにおいて、一貫して対価を得る権利を認めるかどうかということを意味します。作品から受け取る報酬の形態、場所、時期については、著者たちの自由な選択に任せるべきだと思います。それは金銭だけでなくイメージ、ネットワーキングのコンテクストということもあり得ると思います。
このことを保障するために、私たちは著作権に関する国際的なソリューションを必要としていますが、それはインターネットが国境(つまり国内的解決)を無意味なものとしているためです。
3. 出版にはコンテンツの融合を主導できる蓄積がある
Q3. 総裁はフランクフルト・ブックフェア(FBF)の運営にあたっておられますが、近い将来の書籍出版市場に影響を及ぼす最も重要な傾向は何だとお考えでしょうか。
J.B. ブックフェアは毎年変わっていますが、そうする中で業界に影響を与える変化を映しています。変化の速度も早まっています。コンテンツをめぐるビジネスの形は大きく変化しています。FBF2011ではコンテンツの売買の問題を、さらに前面に打ち出していますが、そのためです。ここで初めて、これまでのLitAgの拡張として、一つのホール全体を使ったStoryDrive Business Centreを新設し、映画、ゲーム、書籍産業のセールス・プロフェッショナルに参加いただこうと考えています。著作権専門家の会合としては世界最大のRights Directors Meetingと連携しながら、私たちは質問がそのまま答になり、新しいコンテンツが生まれるきっかけとなるような場を創造しようとしています。
それと同時に、書籍産業はかなり早くから、しかも集約的にデジタル技術と取組んできた、クリエイティブな産業としては数少ない存在だということも強調しておきたいです。FBFでも、すでに1990年代に「電子化するフランクフルト」という企画がマルチメディア・ホールで組まれていますし、出版社はデジタル・ブレークスルーを待ってきたとも言えます。それは今日、Kindleのような形で実現したわけですが、業界関係者は、この変化をとても冷静に、自信をもって受け止めていると私はみています。それはフェアも同じです。現在、デジタル商品がもっぱら好機として認識されているのはそのためです。(→次ページに続く)