アマゾンが年内にも日本でKindle事業を開始する方向で準備を進めていることを、20日付の各紙が一斉に報じた。日本語コンテンツの供給に関しては、版元各社と交渉の詰めを行っており、すでにPHP研究所とは合意、講談社、新潮社などとは1~2ヵ月以内の合意を目指しているという。これは出版社が懸念していた価格設定問題がほぼ解決したことを意味する。ついに「開国」となった。いまさらだが、経緯を振り返ってみるのも無駄ではないだろう。というのも、これはスタートに過ぎないからだ。
「Kindle日本」実現の背景
アマゾンは今年をKindleのグローバル展開の年と設定し、英国に続き、ドイツ、フランスで開設し、スペイン、イタリア、ブラジルなどでの準備を完了していると伝えられる。ドイツ、フランスでは、それぞれコンテンツ数で3.5万点程度でスタートした。日本でもその程度は確保できる見通しが立ったのでゴーサインが出たものと思われる。Kindleのグローバル化の判断には、次のような要因が考えられる。
- 非英語圏市場の成長環境の整備
- E-Book市場のグローバル化(コンテンツ流通/翻訳)
- メディアタブレットKindle Fireの投入
- グローバル/ローカルのライバル動向
- 通販事業、クラウド事業との連携
日本のほうはどうか。これまで大手出版社はアマゾンを「黒船」扱いし、国内企業とアップルに期待してきた。アマゾンの価格支配と低価格路線、産直型の中抜き志向を嫌い、「できれば付き合いたくない」というスタンスのはずだった。粘り強く交渉していたのはアマゾンのほうだ。横並びがローカルスタンダードの出版業界なので、これまで「白猫でも黒猫でも…、本を売ってくれる本屋はよい本屋だ」というホンネは表に出せず、官民の「スクラム」に参加してきたのだろうが、一斉に姿勢を転換した背景には、次のような事情があると思われる。
- XMDFもGALAPAGOSも、黒船対策にならなかった
- EPUBの日本語拡張が決着し、アマゾンへの対応も容易になった
- アップルApp Store/iBookstoreには制約が多い
- 国内のプラットフォーム/ストアも販売力が弱い
- Kindleは圧倒的に強く、世界市場での地位は揺るがない
- これ以上アマゾンを無視することは不可能(かえって危険)
- 出版市場がさらに縮小する中で、日本最大の書店の販売力に期待したい
オンラインで本を売るのは高度な専門技術
日経新聞は、合意に至った背景として、「出版社側に対し、電子書籍の発売時の価格設定や値下げのタイミングについて両者が事前に協議する仕組みを提案したもようで、交渉が進展した。」と書いている。アマゾンは、欧州では基本的に出版社の要求に応える姿勢を見せており、米国では大手6社を中心にエージェンシー価格制を受け入れ、フランスでは希望通りの高値で定価販売している。これが守られるのなら日本の出版社も問題はない。彼らはこの夏、為替変動に伴うアップルのiTunes価格変更で大きなショックを受けた(→日経参考記事)。ドル建ての取引を行う以上、こうした問題を考慮して契約で決めておくことは常識のはずだが、面倒なことは考えずに「よき」にはからってもらおうという日本流の解釈で火傷をしたのだが、結果としてアップルに対する怨嗟の声が高まったことで、アマゾンの交渉が容易になったことは想像に難くない。ローカルな文化・社会慣行に合わせた柔軟な対応という点で、この会社は賢明だ。
一時は「書店にやさしい」Googleにも期待が集まったが、E-Bookビジネスに取組む態勢が不十分なので、米国でも実績が上がっていない。日本のストアも、まだ「マンガとエロ」を除いた「ふつうの本」をふつうの読者に売る力を持っていない。この1年を通じて出版社が知ったことは、本をオンラインの世界で売るという能力が、いかに工学的に高度な専門技術かということだった。アマゾンにそれが出来るのは、もちろんITだけではない。日本で印刷本を売り続け、システムに改善を重ねて10年で最大の書店となった実績からである。結局、現在の動きは、アマゾンが来ないと日本で「ふつうのE-Book市場」は生まれない、ということが関係者に共有された結果としか思えない。アマゾンは熟柿が落ちるのを待っていたのだろう。
危険な関係のはじまり
ようやくゲートに入るのは良い。しかし出版社にどんな準備があるのだろうか。これからの1年は必死でこの「頼もしくも危険なパートナー」に食らいついて、学べるものを学び、デジタル時代の生き残り(=成長)戦略を確立できないと、アマゾンへの依存が強まり、より危うい状況に陥るだろう。よい本/売れる本をつくり、著者を読者と引き合わせるという専門的技術をトップレベルに保たない限り、著者と読者に愛想をつかされて中抜きされるリスクはつねに隣り合わせにある。パートナーでもありライバルでもあるという関係を “frenemy”と呼ぶが、境界が喪失する時代には、これが常態となる。つい最近まではGoogleもアップルのパートナーだった。アップルはサムスンの最大の得意先だ。
アマゾンとの付き合い方については別に書こうと考えているが、Magazine今週号で取り上げた「E-シングル」などは、製作からマーケティングまで、E-Bookビジネスのすべての要素が絡んでおり、しかもリスクが少ないので、人任せではない、出版社としてデジタルビジネスへのステップとしては格好のテーマとなると思う。(鎌田、2011-10-21)
EBook2.0 Magazine, Vol.2., No.5, 10-20-11 CONTENTS
<ANALYSIS>
1. E-シングルの可能性と課題(1):ローリスク・デジタル (会員向け)<NEWS & COMMENTS>
2. 米国議会が「ビッグ・ブラウザ」のプライバシー懸念
3. ボーダーズの退場でオンライン書店が急伸
4. 7月の米国E-Bookは好調維持。年内にシェア30%へ
5. 出版人も「2020年にはデジタルが主役」と予想
6. Fire対抗に名乗り:Kobo Vox 7来週発売
7. ACCESSがEPUB 3日本語拡張準拠のビューワ
1. E-シングルの可能性と課題(1):ローリスク・デジタル (会員向け)
紙の書籍の電子版は出したくないという出版社、リスクはイヤな関係者、それに雑誌の原稿料収入が減って困っているライターの皆さんには、ワンコインのE-シングルから入るのがおすすめ。米国では大手出版社、雑誌・新聞も参入して活況。(会員記事)
2. 米国議会が「ビッグ・ブラウザ」のプライバシー懸念
米国下院のマーキー議員がKindle Fireの「ビッグ・ブラウザー」化懸念でアマゾンに公開質問。利便性とプライバシーをユーザーが選べるようにするようだが、プライバシーは将来への保険で、価値比較は困難。
3. ボーダーズの退場でオンライン書店が急伸
E-Bookだけでなく、米国では紙でもオンライン書店のシェアが急伸して37%に。CDのようなことにはならないとしても、出版のエコシステム全体に悪影響が及ぶことは必至。書店と図書館のサバイバルがいよいよ切実な問題になってきた。
4. 7月の米国E-Bookは好調維持。年内にシェア30%へ
米国出版協会の月次データ。印刷本は毎月一進一退でE-Bookは3年以上連続して急拡大を続ける。米国のデジタル比率は年内に30%に届きそうな形勢となってきた。1,000万台あまりのリーダが年末商戦で売れることで、来年も拡大は続く。
5. 出版人も「2020年にはデジタルが主役」と予想
デジタルが出版の過半を制するのはいつ? The Booksellerの調査では「2020年まで」と考える出版関係者が55%。しかし米国では最短で2014年までに実現する可能性が。英国は2016年、欧州は2020年、日本は2025年!?。
6. Fire対抗に名乗り:Kobo Vox 7来週発売
オンラインストア三番手のKoboが、なんと来週末に$199の7型タブレットKobo Voxを投入すると発表。メディア・タブレットは200ドル以下というのが常識に。しかし、コンテンツで収益を上げるモデルは、Kindle以外でも成り立つか。
7. ACCESSがEPUB 3日本語拡張準拠のビューワ
ACCESSが、EPUB 3日本語拡張仕様準拠の電子書籍ビューワを国内外でリリース。Android向け製品版では初めてだが、それ以上に、日本企業みずから出版の国際化をリードするのは画期的。これも日本語拡張のご利益。