9月の最終週はアマゾンの新製品発表で慌しかった。短時間に多くの情報を頭に詰め込むと疲れる。今回はiPadの発表時より疲れた。アマゾンの発表は、深く読み込まないと意味が分からない。すべての製品/サービスが、単独の事業ではなく、物販を含めたアマゾンの事業の中で位置づけないと理解不能だからだ。だから、タブレットでいえば、製造原価がビジネスモデルを知る手がかりとなり、クラウドが提供する機能がパフォーマンスを評価する手がかりとなる。
21世紀の総合流通プラットフォームの誕生
1月に噂が広がり、5月にベゾス氏が認め、7月以降に様々なソースからリークが流れ、それが噂を増幅し、市場予測も改訂される…。これは周到に計算されたやり方で、市場の反応を読みながら最適な構成と価格を決めていく手法だ。アップルが得意とするが、特定のライターやメディアを重用しないという点で、より読まれにくい。結局のところ、発表前に実物を見たTechCrunchの予測は、名称と外観以外はほとんど外れていた。結局、筆者の見立てどおり、アマゾンとしては「250ドル」に誘導しておき、最後に「200ドル」でサプライズを起こそうと企んでいたわけだ。
調査会社のIHS iSuppliの暫定評価では、Fireの部品原価は190ドル台で、製造原価は209.63ドルと、販売価格を超える。実際にはこれより安いと推定されるが、アマゾンが「1台売って50ドル損する」も 同然の出血価格で出したことは事実だ。言葉は悪いが「ダンピング」であり、固定ファンを擁するアップルを除いて、製品に個性のない、ほとんどの Androidタブレットでは勝負にならない。では、50ドルをどうやって回収してさらに100ドル以上を稼ぐのか。重要なことは、アマゾンのビジネスは個々の事業の寄せ集めではなく、1個の精密なシステムであるということだ。ガジェットとしてみると地味で面白みもないが、クラウドとそれを連携させる技術は間違いなくトップレベルで、システムとしておそるべきパフォーマンスを発揮することになろう。Kindleは空母の艦載機のようなもので、必ず編隊で活動し、空母機動部隊として一つのミッションを遂行する。そのミッションとは、最大多数の消費者に対するコンテンツとモノの「リテール」である。
コンテンツはクラウドとデバイスを必要とし、モノは物流センターを必要とする。アマゾンは創業以来、顧客満足(CS)と同時にロジスティクスを最重視してきた。この両端を結ぶシステムを着実に構築してきたわけだ。クラウドはその延長であり、本来はITサービス・ビジネスなはずだが、アマゾンはまず自社のためにその技術を構築し、蓄積する。Whisper Syncのようなサービスの構築と運用は、相当に高度で容易に真似できないものだ。アップルはいまだにiTunesでMacとiPhone、iPadを同期できていない。大手ITベンダーが本気になって開発すべきなのだが、その市場はまだないと考えているようで、動きは鈍い。つまり、アマゾンは最先端の ITを使いこなす唯一のユーザーで、自ら開発しているベンダーでもあるということだ。
小売→流通とサプライチェーンを遡上してきたアマゾンだが、そこから単純に製品に進出したと考えてはならない。あくまで軸足は消費者と向き合う小売にあり、デバイスやクラウドはそれを最大化/最適化する手段なのだ。その意味で、iPadとはまるで違う。iPadは上質な紙の本のように、末永く所有者を満足させるし、Fireにはオーラがない。それはモノであろうとコンテンツであろうと、消費を刺激することだけに最適化された器なのだ。1世紀あまり前、シアーズとローバックがシカゴで開業した、大判総合カタログによる通信販売事業は、当時の情報手段、輸送手段と印刷技術を結びつけた一大イノベーションだったが、 Kindle Fireは、21世紀のカタログとして不動の地位を築くことになる。
シアーズ社は20世紀中葉に全米小売業のトップに立った後、しだいに官僚化して革新性を失い、ふつうの大企業になった。継続性のあるプラットフォームの構築や拡張というハイリスクな基礎工事は、ジョブズ氏やベゾス氏のようなカリスマを持った個人にしてはじめてなしとげられる。その余光はいつまでも続かないとはいえ、アレクサンダー大王の覇業を支えたマケドニアのファランクスのように、しばらくは世界を席巻し続けるだろう。(鎌田、2011-10-04)
EBook2 Magazine, Vol.2., No.3, 09-29-11 CONTENTS
<ANALYSIS>
1. 9.28以後のアマゾンと市場をめぐる構図 (会員向け)
2. 「紙の本が無くなる日」は来るか? (会員向け)<NEWS & COMMENTS>
3. iBooksコンテンツをiPadで作るアプリが$6.99!
4. アマゾンKindle Fireは199ドル [最新ビデオ付]
5. Kindleリーダ最新モデル3機種。これも米国先行
6. Kindle Fireを高速化する驚異のブラウザSilk
<ANALYSIS>
1. 9.28以後のアマゾンと市場をめぐる構図 (会員向け)
Kindle Fireはこれまでの戦略の延長でありながら、特別な意味を持っている。それはPCに代わる、コンテンツと物販を含む総合流通プラットフォームの完成を意味する。SNSも、広告も、すべてはこのプラットフォームに組み込まれることで商業的価値をもつ。
2. 「紙の本が無くなる日」は来るか? (会員向け)
紙の本の無いディストピアは、かつて何度も聞かされた話だが、TechCrunchのジョン・ビッグズ氏が書いた「時刻表」は、最新のもの。なぜそれが原理的に間違っているかを考えてみたが、いつまでも後ろ向きでいると、たしかにその怖れはある。
<NEWS & COMMENTS>
3. iBooksコンテンツをiPadで作るアプリが$6.99!
iPadはたんなるメディア消費のためのタブレットではない。しかし、iPadをクリエイティブに使うためのツールや環境はあまり注目されてこなかった。Book Creatorは、超廉価ながらEPUBオーサリングに使えるほど出来がいい。
4. アマゾンKindle Fireは199ドル [最新ビデオ付]
アマゾンKindle Fireタブレット衝撃の199ドル(約1.5万円)デビュー。Kindle後継機も$149と$79で登場。デバイスではなく、コンテンツ/商品を買ってという戦略価格。
Fireとともに発売されたKindleリーダ3機種は、タブレットとの共存を明確にしたもの。注目は、米国で始めた広告付の$79版。これにはグルーポン・キラーAmazonLocalがパックされるもようだ。
6. Kindle Fireを高速化する驚異のブラウザSilk
アマゾンのデバイスは「E2クラウド」という別の仕掛けがある。モバイルブラウザAmazon Silkは、ブラウジングを高速化するだけでなく、E2とFireの間で働き、別の大きな仕事をする。それはモバイル時代のビジネスモデルの鍵となる。