先週は「アマゾン契約書問題」で騒がしかったが、こうしたものはいずれ治まる。アマゾンには本を売る力も動機もあるからだ。問題はその後、出版社と書店(とくに後者)がどうなるかだ。デジタルには、個性的な出版社、書店を輩出する可能性もあるし、逆にアマゾン型モデルの万能性を実証する可能性もある。それは出版人の意思とスキル、想像力にかかっていると思われる。ここしばらく、「非アマゾン型」の可能性を考えてみたい。
アマゾンと対抗できるビジネスモデルとは
筆者はE-Bookと市場として成立させ、出版という最古の知識産業に革命をもたらしたアマゾンを高く評価してきた。この会社のやることは、常識外れに見えてもシステム工学的にまったく隙がない。アップルに比べると面白みがないかもしれないが、いちばん多くのことを教えてくれる企業ではあるだろう。ベゾスCEOは、宇宙開発を志してプリンストン大学で物理を学んだそうだが、創業以来のアマゾンの軌跡は宇宙開発プロジェクトのように、クールで、地道だ。世間は、衛星の打上げや探査などのような大きなイベントには注目しても、それを支える、恐ろしく「退屈」な作業には関心を持たないだろう。(写真はベゾス氏が関わる宇宙船Blue Origin=初回の実験は失敗)
しかしこの「宇宙科学/工学」の会社が、市井の人々の日常に関わるのが21世紀という時代なのだ。アマゾンのテクノロジーの司令塔であり広告塔でもあるフォーゲルスCTOとのインタビューをForum (11/07)に掲載したが、書店とか通販とかITとかいった境界をまったく超越した、宇宙的スケールの展開を、「夢」ではなく「日常」としてやっているところが、怖ろしくもある。宇宙開発は、ロケットでも衛星でもなく、それらは「ミッション」の一部でしかない。同様に、Amazon.comも、Kindleも、クラウド(AWS)も、単独の事業としては考えられていない。その「ミッション」は薄利多売という単純しごくなことに帰結するが、それで納得できるかどうかが、好悪の分かれるところだろう。それは価格革命を意味するからだ。筆者はそれを肯定的に考えているが、同時に非アマゾン的なビジネスモデルを本気で考えてもいる。ふつうの本をふつうに売っていては、出版社も書店も持続性が保証されない。
その意味で、一つの答は、11月3日号(No.7)でご紹介したエミリーズ・ブックスのようなインディーズ・ストアではないだろうか。個性的な店主(元編集者)が、特定ジャンルで独自の価値を持つコンテンツを発掘し、月に1点の本に集中してじっくり売るというやり方だ。ニューヨークのフェミニスト・コミュニティを背景にしているが、オンラインなので世界中とつながる。店主がキュレーターとなり、「薦められなければ手に取ることもない本」との出会いを毎月、仲介してくれる。次に期待する顧客は定期購読会員となって経営を安定させる。この方法で、数人の生活を安定させることはできそうだ。そして、仮想専門書店がコラボレーションすれば、「プラットフォーム」に依存しない、非アマゾン型のビジネスモデルが可能になるのではないか、と考えられる。これは日本の江戸時代までの「本屋」のあり方にかなり近いと思う。出版と新書、古書の流通(問屋、小売、貸本など)を兼ねるイメージだ。
こうした書店は、キュレータ役が務まる知識、見識、情熱で成り立つ。アマゾンのロボットではない、生身の人間が売る本屋の文化的付加価値は、ネット上であればこそ増幅される。鋭い聴覚と嗅覚を持ち、指示を受けずに機敏に動く、ネコのスタイルが有効であると思う。
筆者のもう一つの注目は、出版ビジネスのハイパーインク(HyperInk)だ。これは「ハウツー」ものに特化したE-Book出版社で、ショートコンテンツと通常本の中間の、75ページ前後の小冊子をシリーズ化する。これは読者/ユーザー/顧客の組織化、コンテンツの分野別/目的別の体系化、専門家/ライター/編集者のオーガナイズを連携させるITプラットフォームを構築することで、21世紀型出版に挑戦しようとしている。じつは筆者も数年前に同様のコンセプトを温めていたのだが、これは確実に成功すると思われる。同様のアプローチはほかでもあるに違いない。「ハウツー」がよいのは、作品としての完結性がないかわりに、社会的な活動(ビジネス、教育、行政…)との関係が深いことだ。つまり、本質的にE-Bookであるべき必然性を持っており、独自のプラットフォームを必要としている。そしてこの分野で強力な出版=流通のプラットフォームが(単独あるいはアライアンスとして)成立するならば、それはアマゾンやアップルと共存できる、有効なビジネスモデルとなるだろう。
EBook2.0 Magazine, Vol.2., No.7, 11-07-11 CONTENTS
<ANALYSIS>
1. インディーズE-Bookストアはブームを起こすか (会員向け)
<NEWS & COMMENTS>
<ANALYSIS>
1. インディーズE-Bookストアはブームを起こすか (会員向け)
E-Bookストアは、アマゾンのような巨大プラットフォームでなければ不可能と考えられているが、米国ニューヨークで、それとは正反対の独立系E-Book書店が誕生して注目されている。独自企画商品を毎月1点づつ追加するスロー商法のどこが新しいのかを考えてみた。
<NEWS & COMMENTS>
2. 看護士は先進的な専門コンテンツ・ユーザー
モバイル・リーディングを必要とする業務として、医療は代表的。米国の看護士を対象とした調査で、E-Readerの普及率が41.5%、スマートフォン/タブレットの保有者が74.6%で、いずれも医療関連書籍、アプリを高い率で利用していることが明らかになった。
3. 暗い場所でも電子ペーパーが読めるフロントライト
米国のメーカーが、暗い場所でもE-Readerが読める、世界初のLEDフロントライト型フィルム照明システムのプロトタイプを発表した。バックライトLCDより柔らかい光で眼に優しく、カラーE-Inkの発色の改善にもなるようで、かなり期待が持てそうだ。
4. アトリアが初のNFC応用スマートブックで書店POP
米国サイモン&シュスター系のアトリアが、書店に置かれた本の表紙に貼り付けられたタグから、来店客のスマートフォンに情報を送る「スマートブック」の実験を始めた。手に取った本の関連情報をその場で提供するもので、買う気にさせようというアイデアに注目。
5. WSJの週間ブックチャートにE-Bookデータ追加
WSJ紙の週間ベストセラー欄に、E-Bookのランキングも加わることになった。ニールセン社のデータに加え、初めて大手4社(アマゾン、B&N、アップル、Google)の販売データも加えたほぼ完全なもの。詳細に分析すれば、様々なことが判明するだろう。