「本はコモディティ(commodity)か?」、あるいは「アマゾン(Kindle)は本をコモディティに変えのたか?」という議論が、米国で活発だ1。要するに、需要に対して代替可能な商品を、最適な価格で提供するアマゾン流マーケティングが、出版ビジネスを(完全に)変えてしまったのではないか、という問題提起である。本は一冊一冊違う顔(個性)を持った商品であり、置換え不可能だというのが業界の常識(あるいは信念)だったので、これを認めることは、出版人にとってはショックかもしれない。しかし、われわれは事実の上に出版を再構築しなければならない。
物神性を持たないデジタルコンテンツが本の本質を明らかにした
問題を提起したのは、ベテラン編集者のリチャード・エイディン氏がAmerican Editor (01/09)ブログに書いた一文だ。彼も多くの出版人と同様、本は日用品とは違うと長年信じてきた。ディーン・クーンツとスティーブン・キングは、(コークとペプシとは違って)置き換え不可能だと。しかしいまや「E-Bookとエージェンシー価格制、アマゾン独占」によって潮目は一変した、と自らの読書体験をもとに彼は言う。少なくともフィクションに関しては、本と著者は置換え可能な品物となってしまった。ミステリやSFなどのジャンルと著者では、明らかに著者ではなく、ジャンルが優先する。このことは数字が証明している。
E-Bookの定価制の導入で、トム・クランシーの新作E-Bookは一律$14.99で販売されるようになったが、これは自由価格制のハードカバーより高い。しかし、大手以外の出版社や自主出版者との間で、アマゾンは価格破壊(つまり自由競争)を様々な形で進めた。多くのタイトルは$2.99にすることで、消費者が買いやすくし、Prime Lendingという会員無料の貸出サービスも提供している。それによって、廉価コンテンツ、貸出コンテンツの「消費」は大きく伸びた。「コーヒー1杯分のリスク」なので買いやすい。廉価のものを衝動買い、あるいは中毒買いで続けて買う消費者が出版社の上客であることは間違いない。E-Bookでは、数を売ったほうが確実に儲かる。そしてより多くの読者、より多くの収入を求め、多くの有名作家、ノンフィクション・ライターが廉価本に価値を見出すようになった。そしてこれまで出版社に嫌われることを怖れて黙っていた人々も、旧態依然とした出版形態の不合理、大手出版社の「無知、無能」を嘲笑するようになっている。
エイディン氏は、このコモディティ化が良い面と悪い面を持つと考えている。前者は市場を拡大し、無名の著者に機会を与えること、後者は廉価コンテンツの氾濫によるメディアとしてのデフレだ。しかし、これまでのところプラスのほうが多いことを認める。同じく編集者のジャック・ライアン氏も、一部の古典的名作を除いて、本がコモディティであることは認めざるを得ない、と述べている。編集者としては、自分の関わる本を唯一無二の作品としたいとしても、市場にあっては(好みはあるとしても)置換え可能な商品であるということだ。アマゾンのベストセラー・リストの大半は10ドル以下のタイトルで占められ、15ドルのE-Bookは(アイザックソンのジョブズ伝などメガヒットを例外として)減っている。もちろん大手出版社は、電子版の販売機会を減らし、ハードカバーの売上最大化を考えているのだが、こうした「部分最適化」によって、デジタル・リーディングに慣れた消費者は、15ドルの本を1冊買うよりも、10ドル以下の数冊に食指が動くわけである。経済のデフレ、大手電子本のインフレが、消費者行動のデフレを促進している。
コモディティの意味(価値)は、消費者の行為において生まれる
本(の大部分)はコモディティである、というのは、機械式印刷・製本によって、18-9世紀に本が大衆のものとなって以来の真実だ2。それはペーパーバックの登場と書店のチェーン化、ハーレクインに代表される「ジャンル・フィクション」、日本の「マンガ」などによって再三にわたって実証されてきた。しかし(たぶん出版の主宰者としての、社会の中での「知的道徳的ヘゲモニー」を失いたくないためだろうが)出版社は本の商品性よりも個別性、量産性より創造性をもっぱら強調し、<大量に出荷される工業的複製物>を、あたかも唯一無二の「作品」のように売ってきた。そうした神話が維持されたのも流通のコントロールがあればこそだ。
アマゾンは無数の通販商品と同じように本を売って成功している。正確に言えば、本で成功したモデル(商品属性+顧客属性+振る舞い」のマッチング)をカメラや飲料水やネコ砂にまで適用したのだが、本だけを特別視していないことは確かだろう。皮肉なことに、有名作家のベストセラー本(のハードカバー)が、大規模小売店で客寄せのために廉価で売られていた時には、その話は出なかった。大出版社のE-Bookが高値で固定され、それに対して廉価E-Bookタイトルが有名作家と並んで供給されたことで、コモディティ化が意識されるようになったのだ。「次に何を買うか」という消費者のマインドを先取り的に刺激するアマゾンのWebマーケティングは、この世界では無敵に近い。出版社の神話は完全に崩壊した。寂しくもあるが、それは必然だ。(→次ページに続く)