生きた人間としての顔を持った消費者
アマゾン(本の流通のためのプラットフォーム)は、本(出版)から19世紀的メディアとしての神秘性を取り去り、純粋に資本主義の技術を導入して成功した。ライブという物理的世界を持つ音楽と違って、じつは出版はWebビジネスに最もなじみ易いプロダクトなのだが、誰も気づいていなかったのだ。しかも本は、従来の本以外にも「情報化できるすべて」を呑みこむ容器であり、人間のあらゆる活動に関連して存在する。そこにこそ無限の機会が存在する。1990年代前半に金融ソフトの開発者として財を成し、さらに増やすことも出来たベゾスCEOのこの発見が、いまだに無視・軽視・看過されているのは、出版人が自然に親しんできた本の見方がいかに甚だしく(ビジネスから)外れているかを物語っている。本をつくる人間、本が好きな人間はその商品性を見ない。逆に商売のほうが好きな人間にとって、本は娯楽と実用知識を得るための古風な商品で、変化の乏しい古風な業界が、古風な仕方で扱っている。だから魅力がない。
この際、出版の非ビジネス的な側面を、あたかも主要な特徴であるように考えることは止めたほうがいい。本は主として売買の対象となるプロダクトで、多様な表現形態をとった知識情報が入っている。知識情報は複製でき、分解・再構成が可能である。個々の人間の活動(コンテクスト)によって価値を増減する。コンテクストは教育・広告などによって拡張されるが、日常的なコミュニケーションから生れる「情報空間」において意味を持つ。重要なのは人間であって情報そのものではない。人間が存在しなければ何も意味を持たない。
アマゾンは仮想的存在である「読者」ではなく「消費者」を相手にするが、けっして十把一絡げにしない。彼らが「生きた」存在であることを理解しようとする。IT技術者の発想は良くも悪くもシンプル・イズ・ベストで、システムへのリスクとコスト要因はなるべく回避するのだが、アマゾンはITを限界まで使いながら、コンテクスト(意味)の発見に貪欲だ。Web上での行動からカスタマーをプロファイリングし、それをビジネス機会に結びつけるという方法は、もはやWebビジネスでは一般的なものだが、アマゾンはシステム的にも運用的にも最も洗練されており、それ以上に、事実に対して謙虚である。つまり、業界的にはいかに常識外れなものであっても、顧客が何を望むか、持続可能であるかという点に最適化されているのだ。これまでのところは。
出版業界が出版の独占権を喪った時代に、一企業が独占的位置を占めるようになったのは、個人としての消費者を対照とすることが可能となった新しいゲームのルールを、旧来の主役たちが理解していないことを象徴するものだろう。出版社は取次や書店の先の「消費者/読者」をあまり考えてはいない。何のマーケティングもしない(著者任せ)は論外だが、たかだか数万、数十万を売るのにマスマーケティングの手法を使っていたのでは、幾ら金があっても足りない。差別化を考えずに「マスマーケット」に向けた企画するのは宝くじを買っているようなものだ。21世紀は「万人向けの無用なもの」や「誰のためでもないもの」を機械的に生産する業界には過酷な時代である。これはとくにメディア業界に当てはまる。
増殖するサイバー・コンシューマー
アマゾンは、対話性を失い、無表情な、ロボット化した人間の代わりに、姿なきロボットが「人間」に対してサービスする仕組みを完成させた。インターネット起業家のジェイソン・カラカニス氏は「アマゾンプライム・カルト」という記事の中で、アマゾンプライム・メンバーのライフスタイルを、「消費は好きだが実店舗でのショッピングが嫌い」と喝破した。つまり増殖する新しい消費者ということだ。
10年前には、平均的アメリカ人は週1回は雑貨屋に出かけ、ドラッグストアやビデオレンタルに通い、月に1回は映画、本屋、スーパー、CDショップ、家電店、コンピュータショップなどに出かけていた。年2回のギフトシーズンにはデパートに押し寄せた。彼らは、週6時間、月20~25時間、年間250時間ほどを実店舗で過ごす。時間に追われ、ストレスを感じ、退屈あるいはうんざりしながら。カネと時間とパートナーがいれば喜びでもあることが、その逆にもなる。10年間で2500時間。小売店からはしだいにホワイトカラーが消え、労働者や非正規店員ばかりとなり、さらに彼らも消えている。レジ待ちしながら彼らの無表情を見るのは辛い。アマゾンは苦痛から解放してくれる。そして結論。
「偽りの消費社会から抜け出してみれば、消費は生活の副産物であって目的ではないと考えるようになる。」
教祖は新しい神話ではなく、真実とワンクリックの救済を説いている。
中国のデパートやスーパーに行くと、消費への熱気があり感慨深いものがある。筆者も青少年の頃は気合を入れて本屋に行った。合理化が進む小売業界には、あまり足を踏み入れたくない。
アマゾンに対抗するには、消費が自動的に喜びであるという前提を棄てる必要がある。本は無条件に価値あるものだという思い込みも。消費者/顧客/読者は「個人」として尊重されるべきであり、それが彼らから尊重される唯一確かな方法だ。それがサイト上のインタラクションを通じたプロファイリングによるものであれ、対面での接客によるものであれ。漫然と本を並べ、入れ替えてじっと客を待つような時代ではない。 (写真は愛される書店の見本。NYマンハッタンのストランド書店とオーナーのフレッド・バス氏親子)