前回でご説明したように、アマゾンのアプローチは戦略的、長期的で、すべての事業は精密に設計され、連携している。ネットで販売可能なすべての商品を扱うが、すべては本から始まっていることに注目すべきだろう。当時は誰もが不思議がったが、これまでこの会社について書かれたものでも「なぜ本だったのか」は十分に解明されていないと思う。アマゾンの武器は何かを考えた筆者の結論。本こそがその最強の武器であり、本の販売を通じてメディア企業としての磐石の地位を獲得した。Kindleとデジタルコンテンツはその仕上げである。
“You are what you read”から”You are what you buy”へ
ベゾス氏はハイリターンの金融トレーディングの世界から、Webとはいえ「本屋」という極端なローリターンの世界へ踏み込んだ。当時(現在も)最もイノベーションから遠いと考えられていた機械文明時代のアナログ・メディアだ。1990年代半ばには、インターネット・ベースのE-Bookは技術的に可能になっていた。Kindleのようなものも登場していたから、そちらで出発したとしても不思議ではなかったろう。
しかし、ベゾス氏はメディアとしての本の形態ではなく、その機能に注目したのだと考えられる。本は知的な関心を持ち、あるいは知的活動に従事している人々にとっては身近なものだ。米国でいえば、人口の約半分あまりが本を読み、その半分あまりが10冊以上読むと言われている。学歴・所得との相関は強い。つまりマーケティング調査で重視される市場セグメントだ。何を読んでいるかが分かればその人物が分かる(英語では”You are what you read”という)ほどだから、読書歴、購入歴は、その人物のプロファイルと密接な関係がある。それは一定の確度で、社会的、個人的な関係や活動(コンテクスト)と紐づけることも出来るだろう。アタマからハートにまで届く本は、人にとって最も身近なものだから。それをデータ化し、データを資源化することが出来れば。
本の消費者にアクセスする最も有効な手段がオンライン・ブックストアであった。利幅が薄く、成長性に乏しい本は、競争が少ない。数十億ドルを売上げる大手書店は、その顧客についてほとんど知らないし、関心も持っていない。お客は向こうからやって来るものだと思い込んでいる。他方で本を多く読む人ほど、時間を惜しむし、ネットショッピングを厭わない、むしろ病みつきにもなる。書店に置いていない本も読みたがる。実店舗ではただの数でしかないかもしれないが、ネットでは個人となる。ネット上の個人は長期にわたって付き合うことが出来るし、メールを出して反応を見ることも出来る。ベゾス氏は「本のオンライン・ショッパー」の潜在価値を発見し、それを実現するロジックを発見し、精度を高める方法を見つけたのだ。Webアナリティクスの発達した現在では常識だが、インターネット普及の初期段階では凄いことだと思う。
すでに地上最大の「メディア」企業
ベゾス氏の凄いところは、このノウハウを安易な方法でマネタイズしなかったことだ。個々の消費者のためのサプライチェーンを構築し、薄利で本を売っても、持続性のある企業価値は顧客プロファイルと履歴だけだ。マネタイズする唯一簡単な方法は、広告と結びつけること。インターネット・バブル時代の多くの企業はこれに走り、AOLのように一時的な成功を手にした企業も少なくない。しかし、アマゾンは前回述べたように、物流センターへの投資を優先し、そのインフラと顧客ベースを一般商品の販売に使った。オンライン・コマースは無数に生れたが、アマゾンが持続的に拡大を続けられたのは、本というユニークな武器があったためだ。本の購買を一般商品購買に結びつけられれば、ネット広告という短期利益ではない、ネット通販市場という広大な市場の中で強固なSCインフラを築くことができる。もちろん、本だけでは元が取れない基盤投資も続けられる。
本と広告とは結びつかず、活字と結びつくのは新聞や雑誌のスペースだけと考えられてきたが、アマゾンは現に結びつけることで成功したのである。ただし自社の広告を自社の顧客に対して行うという形なので、そのことが意識されることは少ない。無数の商品種目を販売したい無数のサプライヤーが、アマゾンを通じて消費者にアクセスするというビジネスモデルだ。このモデルは成功し、メディア商品から日用品、生鮮食品にまで適用されている。広告ビジネスと結びつけなかったお蔭で、アマゾンは急成長を続けながらまだ十分に普及余地があるネット通販市場を制することが出来た。
ブックビジネスの関係者は、アマゾンが本をダシに使ったと言って非難するが、消費者にとっては本が安く、豊富に、早く手に入ることができればいいわけだし、その消費行動を本以外に広げるのに何の抵抗もないだろう。近所のスーパーで価格をチェックし、アマゾンで買うというパターンはますます拡大し、配送無料の「プライム」会員がカルトのように増えていると言われるのも理由のないことではない。
アマゾンの最も強力な武器は、ネット上での本の消費者を、誰よりも知っているということに尽きる。本は最も難しい商品だが、本を買うロジックがわかれば、それを他に応用するのは容易だ。重要なのは商品ではなく、ユーザーなのである。「消費者は王様」を実践しながら、サプライチェーンの支配者となることが(少なくとも書籍市場において)可能になったのは、独自のテクノロジーによるものだ。ざっと以下のように分けられると思われる。
- 数千万~数億人の顧客プロファイルとサイトでのアクティビティを、今日・明日のビジネスに結びつけるロジック。
- 膨大なトラフィックを扱うネットワーク管理や個人データを管理するネットワーク・セキュリティ管理などのシステム管理技術。
- ワンクリック特許などに代表される、オンライン・ショッピングの購入率を高めることに特化したユーザーインタフェース技術。
これらはITの最先端とも言える分野だ。こうした技術を本のビジネスに適用する体制をつくった上で、アマゾンはデジタルコンテンツに進出した。Kindleデバイス、異なるプラットフォーム上でのKindleリーダアプリとクラウド・サービスの連携というオリジナル技術は、こうしたインフラと結びつけることで威力を発揮する。(→次ページに続く)