サプライチェーン・カンパニーとしてのアマゾンとそのビジネス/テクノロジーについて、あえて出版から離れたマクロな観点で解説してきた。ではこの会社が変えた21世紀(つまりデジタル中心)のブックビジネスはどのようなものか。人生の大半を20世紀に過ごしてきた筆者だが、それはすでに遠い過去であることを認めないわけにはいかない。21世紀の現実はユーザーのサービス指向とビジネスのサービス主導ということだ。サービスとは情報を意味する。モノづくり原理主義はこの国を救わない。
はじめに本があった。次も本だった
初めに本があった。
本はインターネットとともにあり
本はインターネットであった
すべてのことは本によって成り
本によらずに成ったものは何一つなかった
本において成ったものは人々の知識であり
その知識は消費者についての知恵を生んだ
その知恵はインターネットの海の中で輝き
無知は知恵に打ち勝たなかった本=言葉=記録・再現される、知識情報の構造体
インターネット=神=遍く情報を運ぶ、霊性を持たない媒体
ふと神を恐れぬ(ヨハネ福音書による)戯言が脳裏に浮かんできたので書き留めてしまったのだが、小林さんのお叱りは甘んじて受けよう。さて。
ジェフ・ベゾスCEOは、本から始めて大帝国を築いた。本の力を知り、人々の思考と活動において本が果たす意味を知っていたからだ。出版社が中身に注目していた時に、彼は本の読者に注目し、メッセンジャーとして宅配する傍ら、消費者のあらゆる足跡をせっせと集めた。集める方法、データ化、解析アルゴリズム、応用手法を高度化していき、アマゾンのビジネスは顧客と対象品目を拡大することができた。利益は蓄積せず、すぐに事業拡大と価格競争のための投資に回された。アマゾンは書店としてトップとなり、小売店としてもウォルマートの背中が見える位置にまで来た。
21世紀に入り、書籍、音楽、映像、ゲーム、ニュースなどのメディア商品なかで、音楽がまずデジタル化され、アップルによって、インターネットで配信されるものが主流になった。ニュースと映像が続き、2000年代半ばには書籍のオンライン化は時間の問題となった。ベゾスCEOは満を持して2007年にKindleプロジェクトをスタートさせたのだが、その時までには、Kindleデバイスのメディア化、マルチプラットフォーム化、カタログ・メディア化などは決まっていたと思われる。
少なくともビジネスのレベルで、本がデジタル化することを、彼ほど意識していた人間はいないと思われる。しかし、すでに述べたように彼の関心は本そのものではなく、その機能、その読者にあったから、本を購入し、読むための環境を何よりも重視した。当然にも中心的役割を果たすものは、デバイスではなく、ましてやフォーマットではなく、ネットへのアクセスとクラウドサービスだった。コスト的、技術的にはネットワーク・インフラが最も大きな挑戦だったと思われる。とはいえ世間が注目したのはKindleであり、E-Bookとその価格であったことは周知の通りだ。
Kindleが一般の注目を浴びたのは2009年に入ってからのことだった。インフラやデバイスは未経験の領域だったから、2008-9年の急成長はかなりの試練であったと思われる。2009-10年の飛躍的拡大を乗り切ったことで、Kindleという(一種の放送に似た)システムの問題は、そのままブックビジネスの再定義の問題になった。アップルによるiPadと大手出版社による「エージェンシー価格制」は、まさに21世紀のブックビジネスの主導権をめぐるものとなった。つまり「コンテンツ(出版社)が王様か、それともサービスが王様か」というものだ。
本誌がこれまで述べてきたように、この問題の決着はすでについている。インターネットは生産、流通、消費の一連のプロセスをネット上で統合するものなのだが、商品が情報である場合には、そこを流れる商品と取引のすべてがネットで上で完結してしまう。サービスがコンテンツに勝るのは必然と言える。アマゾンは常々、著者と読者を除く、出版のサプライチェーンにおけるすべてのは中間的な存在である、と述べている。従来は閉じた世界であった製造、流通、消費は、完全に透けて見えるようになった。つまり誰でも参入できるわけだ。
21世紀はモノでもコンテンツでもなく、サービスがビジネスを主導する
もともと紙の時代でも出版社は「メーカー」ではなかった。本をつくるのは著者を中心とするクリエイターであり、印刷・製本を行う印刷会社だ。流通は取次と書店があって機能する。消費は「読者」だけではなく、図書館などが介在するし、所有者が古書店に売れば、リサイクルする。出版社は、ただ出版という社会・経済的行為の責任主体であったに過ぎない。出版社が自分で本を売るのは稀であった。顧客からの集金と決済という最も重要な業務は取次に委ねてきた。アマゾンが本を販売したということは、出版社と消費者をつなぐ存在になったということ、消費者から集金して出版社に代金を支払う存在になったということだ。それは出版社の商品販売ためのサービスなのか、消費者のためのサービスなのか。アマゾンは後者の立場をとることで、出版社に対する交渉力を強めていった。Kindleは、アマゾンがパソコンを介さずに、プライベートな購入/読書環境を提供したことを意味した。本がデータ化されたことで、デバイスが本のインタフェースの役割を果たすが、もちろんただのブックカバーではない。(→次ページに続く)