小林さんには、いつも「話の腰を折るな!」というお叱りをいただく。しかし、折りたくなるのは面白いからで、止められない。今回は、「製本と正本」について語られているが、ならば「製本なき正本」はありうるか、正本なくして正統も異端もないとすると、これからの社会はいったいどうなるか、と聞きたくなる。当初口伝に限った仏教が、その後無数の「偽経」を生産し続けたこと、古代中国の簡策のことなども想起されて止まらなくなる。 [鎌田解題]
コンテンツとテクノロジーの対話:(3) 田川建三の『書物としての新約聖書』その2
『書物としての新約聖書』について、ちょっとまとめて書いてみようと思って、枕の部分を書いたところまでで公開されてしまった。まあ、それはそれで、ある程度のまとまりがついているので、よしとして、いよいよ本論。
この本は、なにしろ大部だ。A5版で、索引や参考文献を除いても、700ページ以上ある。それに高価だ。消費税抜きで8,000円。それでも、ぼくは、この本は安いと思う。というか、ぼくにとって、この本は本当に掛け替えのない貴重な道しるべだ。ぼくは、電子出版や電子書籍については、故中野幹隆さんといやというほど議論した。今に至るまで、中野さんとの議論は、まさにぼくの血肉となって現在の思考につながっているのだが、この田川さんの本も、ちょっと似たところがある。ぼくは田川さんとは全く面識がないのだけれど、この本に書かれていることがらに、どれだけ触発されたか。というか、「てめえら、電子書籍も含め、書物について論を展開するまえに、この本読んどけよな、恥かくから」と、いいたいわけで。老婆心ながら。正直に告白すると、ぼくは、相当この本からの受け売りで話したり書いたりしている。もちろん、可能な限り、この本への感謝の念を込めた言及はわすれないように、心がけているが。(写真はオンライン公開されている大英図書館の「シナイ写本」)
というわけで、今までの言及への反省も込めて、田川建三の『書物としての新約聖書』に立脚した比較電子書物論のはじまりはじまり〜。
まず、目次の概観。
- 第1章:正典化の歴史
- 第2章:新約聖書の言語
- 第3章:新約聖書の写本
- 第4章:新約聖書の翻訳
章立てを見ただけでも、構えの大きさがうかがえる。
中でも、特に電子書籍の問題を考える上で、圧巻なのが第1章と第3章で主として言及されている、初期の写本の物理的な形状の問題。
以下、ちょっと長くなるが、第1章第5節“マルキオン以前の正典的権利?”から引用する。
古代の書物の携帯は巻物とコデクスの両方があった。そして、書物の紙の素材としてはパピルスと羊皮紙があった(我々は日本語でふつう羊皮紙と呼んでいるが、本当は羊とは限らず、山羊、子牛などの皮も用いられる。だから正確には「皮紙」とでも呼ぶべきだが、発音しにくいし、日本語として羊皮紙という言い方が定着しているから、以下でも羊皮紙と書いておくことにする)。どちらを用いるかは、時代によっても、地域によっても異なる。パレスチナでは西暦紀元前後一世紀においても、羊皮紙が圧倒的だった。それに対してエジプトでは、何せパピルスの原産地だから、パピルスがほとんどである。ヨーロッパに来ると、そもそもパピルスはほとんど生産しないから、輸入する以外になく、どうしても羊皮紙の方が多くなる、等々。他方、時代から言えば、はじめはパピルスが多く用いられたが、羊皮紙の技術が発達するにつれ、パピルスがすたれ、羊皮紙が生き残った。羊皮紙の方が保存にむくからである。(p117〜)
素材の問題よりも重要な問題は、形態である。書物の形態の問題とキリスト教の諸文書がどのように世間に流布したかという問題は、密接にかかわっているからである。周知のように、キリスト教以前、及びキリスト教発生当時の非キリスト教の、ギリシャ語やラテン語の文献では、書物は巻物にするのが普通であった。コデクスは、日常の簡単なメモ、非文学的(書物として出版することを目的としない)文書などに用いられた。何故書物としては巻物の方が重んじられたのか、という点については、いろいろ説があるが、我々の問題から離れすぎるから、ここでは深入りしない。まあ、古い時代ではまだコデクスを綴じ、製本する技法が発達していなかったから、コデクスと言っても、かなり粗末なものしかありえなかった、ということだろうか。(p118)
この本の発行は、1997年。インターネットの普及が軌道に乗り、Webブラウザーでの文書の閲覧が一般的になり始めたころだった。
ぼくは、それまでも、例えば死海文書関係の本などで、コプト語が記された羊皮紙が巻かれた状態で壺に収められていた云々と言った記述を目にしていたし、表彰状や設計図などを巻いて筒に納める習慣もあるので、巻かれた形態としての文書、ということでは、巻物の存在は知っていた。しかし、書物の形態に、巻物型と冊子型が、ある種拮抗するものとして存在していたという明確な意識はなかった。“目から鱗が落ちた”(使徒行伝9章18節)状態なのだが、この一連の記述で、ぼくの書物とは冊子の形をしたものだ、という無意識の、そして、根深い先入観が払拭された。そして、この冊子型と巻物型という書物の二つのメタファーは、一方で当時普及が軌道に乗りつつあったWebブラウジングへの連想へ、他方で日本に古くからある鳥獣戯画や信貴山縁起絵巻などの“書物”への連想へと拡がっていった。Webブラウザーによる閲覧経験は、決して今に始まったものではなく、洋の東西を超えて、読むという行為の一つの大きな潮流として、長い歴史と蓄積を持っていたのだ。(写真は「死海文書」の断片)
では、現在の、Webブラウジングは、そのような文化の蓄積を十分に咀嚼反映したものになっているだろうか、一方で、結果的に主として西欧で主流となった冊子型書物が巻物型書物に対して持つ、ある側面での機能的優位性について、きちんと議論検討がなされているのだろうか。
田川さんの著書から、もう一個所引用しておこう。
「コデクス化(Codification)が、完全な、目に見える形で示された正典化(Kanonisation)である」(小林注:Theodor Zahnの著書からの引用)というせりふなど、そう言われればそうに違いないが、今まで気付かなかった者にとっては、目から鱗が落ちるような、みごとな指摘である。つまり、コデクス(特にその多帖本)が発達することによって、ようやく新約聖書の全体を一冊の本にまとめることができるようになった。そうなってはじめて、これが新約聖書正典だよ、と、本当に目に見える、完全な姿で人びとの前に提示されるようになった、というのである。形態的にも一冊の本として示されないと、どうしても流動的になる。コデクス化によってやっと新約正典が確定できた、という、これは学問的な名せりふである。(P120)
屋上屋を重ねることはしない。ただ、一言だけ。
電子書籍が、従来の物理的な冊子型の書籍とWeb技術との融合もしくは緊張関係の上で成立していくものだとすると、ぼくたちが生きている今の時代は、キリスト教が成立し、正典化と正統化が起こっていた(すなわち、西欧近代に至るキリスト教的世界観が成立した)3世紀に匹敵するものすごく重要な時代なのではないか。そして、今の時代が、グーテンベルクの銀河系が呱々の声を上げた15世紀中葉に匹敵することもまた言を俟たない。メディアの変革は、古今を超えて、時代の変革を伴う。
以前、大日本印刷がスポンサーとなって発行されていた『本とコンピュータ』の終刊直前の号のインタビューに対して、ぼくは、下記のような返答をした。
ぼくには、「コンピュータは本のために何ができたか?」という肯定的な(したがって否定的な含意も持つ)問いかけに答えることは出来ない。そこで問いかけを「コンピュータは本に何をしたか?」と置き換えた上で。
コンピュータが「本」に与えたさまざまな影響について突き詰めていくと、結局は、「コンピュータは『本』という概念そのものの変質もしくは解体を推し進める機能を果たした」というのがぼくなりの結論。もちろん、「本」はコンピュータが出現しなくても変質もしくは解体の道を歩んだかも知れないし、コンピュータの出現がなければ「本」はまだまだ旧来の姿を保っていたかも知れないが。
では、変質もしくは解体の道を歩みつつある「本」を「本」たらしめる最後のよりどころは何かというと、それは、製本(bindingもしくはreliure)というきわめて物理的な手作業に係わるものではないか。(季刊本とコンピュータ2004年秋号)
自省を込めて言えば、このアンケートの時点で、ぼくは、またしても、冊子型としての「本」の概念に囚われていた。ぼくは、アンケートに対して、こう答えるべきだった。
では、変質もしくは解体の道を歩みつつある「本」を冊子型の「本」たらしめる最後のよりどころは何かというと、それは、製本(bindingもしくはreliure)というきわめて物理的な手作業に係わるものではないか。冊子型モデルの桎梏から解き放たれることで、「本」には、正統に囚われない新たな、そして古くからあるさまざまな読みの可能性が生まれるのではないか。
えっと、田川建三の『書物としての新約聖書』については、もう一つ、書きたいことがある。覚えのために予告しておくと。
写本の系列と翻刻の問題。 (この項続く)