楽天が事業戦略として打ち上げた「20年・電子書籍1兆円」の評判がよくない。「根拠なき願望」「大言壮語」と評されているし、とくに出版界からの 賞賛や共感を目にしない。しかし、日本の書籍市場は1998年まで1兆円の規模だった。2012年にはギリギリ8,000億円のラインというところだが、7年間で失地回復する可能性が無くはない。歴史あるこの国の出版が、ガンホーの時価総額より少なく、三木谷社長の個人資産と比較可能なサイズというのもどうかと思う。そこで考え直してみることにした。
電書1兆円、そのとき紙はどうなっているのか?
日本の名目GDPは、1997年の523兆1983億円から2012年の475兆8,678億円にまで縮小しており、率にして9%減。他方で書籍市場は、同期間に1兆730億円から8,013億円へと25.3%も縮小している。人口はほぼ横ばいだったので、不況の影響という以上に書籍離れが進んできている。この傾向を延長していけば、2020年には7,000億円を切ってもおかしくはない。雑誌と合わせて1.7兆あまりの市場も1.5兆以下に。その時点では書店の多くが街から消え、アマゾンのシェアは3分の1以上になっている可能性が強い。(念のために、本稿の話はインフレは考慮していない。楽天が2014年2%という政府目標を前提にしているかどうかは定かでない)
電書云々以前に、これが日本の出版業界が置かれている現状だ。「電書1兆円」を誰も真に受けないのは、現状がこれである上に、根拠や道筋、内訳が何 も示されていないことが大きい。とはいえ「失われた20年」のフラストレーションが溜っているせいか、テコでも動かなかった通貨の番人さえギャンブルに 打って出る時代なので、聞き流すのは良くない。本気にしなかった「2%インフレ目標」が金利を押し上げ、市場を動揺させているように、「電書1兆円」が印刷本を絶滅させるかもしれない。そう、出版関係者がまともに取り合いたくないのは、そうなった場合の地獄図を思い浮かべるからだ。
日本の出版を厳しい目で見ておられる小田光雄氏は、4月1日の「出版状況クロニクル」で以下のように書いた。
「もし仮に20年に電子書籍が5000億円市場になったとすれば、それは1と2で示した売上シェア(注:商品構成)の問 題、及び日本の出版業界の欧米と異なる特殊性から考え、低価格雑誌、低価格本も必然的に電子書籍市場へと移行することになり、出版社、取次、書店からなる 出版業界は消滅してしまうだろう。」
「そしてさらに問題になるのは、30兆円を超えると思われる既刊在庫書籍で、これらはもはや需要もなくなり、断裁処分を余儀なくされるだろう。つまり講談社に例を挙げれば、既刊のコミック、文庫、新書の大半が不良在庫となるのだ。」
形にとらわれず、出版の成長条件を考える
電書市場が、1兆円の半分になった段階で、日本の出版業界は足のない幽霊のような存在になってしまうのではないかということだ。この推測は、雑誌を含めた現 在の出版売上の62%を占めている低価格出版物がデジタルに移行する(つまりデジタルに食われる)ということを根拠にしている。たしかに、市場規模が一定 であり、デジタルが紙を食ってしまう現象(カニバリ)が起きれば、従来の「出版業界」は消滅してしまう。「電書1兆円」論は、「その時に紙はどうなっているか」という、全出版関係者の深刻な疑問に答えておらず、無責任な「出鱈目」と言う声が出ても仕方がないかもしれない。
そろそろ以下のことを真剣に考え、仮説を構築すべき時期に来ているのではないかと思われる。例によって、非力を顧みず、筆者の考えを、見当違いを含めて、議論の俎上に載せてみたいと思う。
- 書籍出版が1兆円を回復することは可能か、そこでは
- デジタル出版が1兆円市場を形成するのか、その時に
- 紙の将来はどうなるか(現状維持か、減衰か)
- デジタルと紙の関係はどうなるか(共食か共存か)
- 出版1兆円、デジタル1兆円の実現根拠(可能性)と条件、プロセスは何か
最近、小田嶋 隆さんが『日経ビジネス』で書いていたコラム(「『女性手帳』というパルプ・フィクション」/5/10)でハッとさせられる箇所があった。引用させていただく。
考えてみれば当たり前の話だ。
「家族」の「形」を厳しく規定すればするほど、人口当たりの出産数は低下する。 なぜなら、現代にあっては、誰もが形通りに妊娠するわけではないし、教育費の高騰を考慮に入れれば、両親が共に働かないと育児支出を捻出できないからだ。
家族制度を守りたいのなら、出産数の増加は潔くあきらめるべきだし、逆に出生数の増加を期待するのであれば、家族の形式にこだわる考え方を改めるべきだという、実に簡単な話だ。
そして結びの一節。
おそらく、その方が子供を作るのには好都合だ。
なぜなら、ごくごく一般的に子供というのは、計画的な人々よりも無計画な二人の上に授かるものだからだ
手帳に書くほどのこともない単純な真実だ。
筆者はこれで出版を連想した。「家族制度」を「再販(流通)制度」と置き換えた。そして「出版売上(点数×部数×価格)の増加を期待するなら、形式にこだわる考え方を改めるべきだ」と読みかえてみた。デジタルで1兆円も可能だ、と思えてきた。具体的には次回以降に述べる。(鎌田、2013-05-27)
参考記事
- 出版状況クロニクル60(2013年4月1日~4月30日)、小田光雄
- 出版状況クロニクル57(2013年1月1日~1月31日)、小田光雄
- 「楽天がぶち上げる『打倒アマゾン』に出版社は眉唾…kobo事業説明会に出版界から非難轟々」、By 碇 泰三、ビジネスジャーナル、04/26/2013
- 「『2020年までに国内の電子書籍市場売上を1兆円規模に』――楽天Koboの事業戦略」、By 渡辺まりか、eBook User、05/22/2013