先月は、今月に3周年を迎えたMagazine の改修で Forumのほうは手を抜いてしまった。書きたいテーマは山ほどあり、やらねばならぬことも多いので、そろそろとリスタートしたい。まずは、5月に手をつけた「電書1兆円」連載から。今回は「物理的世界の本とサイバー空間のコンテンツの区別と連関」とでも言おうか。いちばん説明に苦労する部分。
「デジタル1兆円」には“デジタル・ファースト”
かなり間が空いたので、これまで書いたことを確認しておきたい。
出版市場が縮小する理由はなく、「失われた15年間」となった理由は、社会の変化に対応しようとしない出版業界の側にある。アマゾンの「一人勝ち」は、その証明である。
- 書籍と雑誌を両輪として成立してきた日本の出版産業の再建は、インターネット時代の知識・情報空間(メディア秩序)の中での両者の位置づけの再定義が避けて通れない。
- 「1兆円戦略」は雑誌ビジネスの再構築を含み、書籍・雑誌を含めたデジタル・インフラの再構築によって2020年までに「デジタル1兆円」を最低目標とすることは現実的。
- 米国において、E-Bookは紙の本の限界を超えたところに、それと隣接した「新市場」として生まれた。それはコモディティ・マーケティングの手法が通用したことを意味する。
- 市場の拡大には、マーチャンダイジング(販促・売り込み)から、マーケティング(市場空間の創造)への発想の転換が求められる。
TVの台頭で、1960-70年代に「没落」が言われたハリウッドの映画産業は、その後立ち直り、放送ともホームビデオやCATV、衛星、ネットとも親和性を保って成長してきた。技術の変化、メディアとライフスタイルの変化に適応していったのは、破綻したビジネスモデルを再構築していったハリウッドのイノベーション能力によるところが大きい。出版界がそれほどの努力を払っていなかった一方で、アマゾンは21世紀における出版の潜在力の一端を示している。最後の点は下記の拙論で補足したい。
「『紙とデジタル』の最適解へ」(EBook 2.0 Magazine 9月5日号、公開中)
米国市場の5年間を観察した結果、筆者は以下のような「デジタル出版の法則」を得た。
- E-Bookの価格が印刷本の販売に影響することはない
- E-Bookの売上を最大化する最適価格があり、それは印刷本の価格とは無関係
- E-Bookは、価格よりも、フォーマットの利便性によって選択されている
- デジタル・フォーマットは、コンテンツの商品としての可能性を最大化する
- E-Bookにおいて固定価格は意味を持たず、固執すれば有害無益
これまでE-Book市場として現出したものは、基本的にデジタルでなければ実現できない機能性などではない。紙と同じコンテンツが、E-Bookというフォーマットで、オンライン提供されることによって、より多く売れるようになったということだ。そんな単純な話だろうか。もちろんそうではない。もしそうならば、アマゾンの一人勝ちはなかった。E-Bookが「紙の代替」を超えたものになったのは、外からは見えない部分に秘密がある。この市場が成立するうえでデジタル・マーケティングが不可欠の要素であったことを見過ごせば、何も理解できない。コンテンツの点数も、ユーザー体験も、エコシステムも、価格でさえも、個人をターゲットとしたマーケティングによって具体的な「意味」を持たせられない限り、ほとんど何も起きないからだ。「紙だけで間に合っている」「本なしでも間に合っている」という否定的反応は、この“無意味さ”から生まれる。それに対して「なぜ」から出発し、5W1H(意味=コンテクスト)を得るのが、オンライン世界のマーケティングだである。(→次ページに続く)