マーケティングがなければ何も起きない
E-Bookの最も分かりにくい点はそこだ。誰も知る通り、コンテンツがなければ何も存在しない。しかし、それだけでは何も意味を持たない。意味を持たせるのはコンテクストであり、それが方向性、動機づけ、価値評価などの指標を与える。いま出版を出版として成立させるこの部分において、大きな地殻変動が起きている。伝統的にコンテクストを提供してきたのは、活字を中心とした大小メディアで、書店のディスプレイはそれを様々な形で反映していた。それは紙においてもあまり機能しなくなっているし、もちろんE-Book(オンライン書店)では大幅に組替える必要がある。
アマゾンは、「エディター」がいる、おそらく世界でも唯一の書店だろう。そのサイトには「エディターのお薦め」コーナーがある。当初は書評まで担当していたのだが、コストカットが求められたときに人件費の高いエディターは、ユーザーとアルゴリズムによるレビューに代わった。それでも、「エディター」の存在はアマゾンの信頼性を際立たせる上で重要な役割を果たしているし、その後のユーザー・レビューの改善の土台になっている。マーケティングとは安全で定常的な取引空間としてのマーケットをデザインし創造することだ。アマゾンは(配送や払い戻しに至るまで)それをいちから(エンジニアリングによって)作った。けっしてWebサイトと配送センターを用意しただけではない。
本を読みたいと思わせるものは何だろう。紙の出版の停滞は、本のコンテクストの形成がマスメディア以外、あるいはWeb中心となってきているのに対し、在来メディアが機能不全を起こしていることに一因がある(連載第3回参照)。出版は社会的な行為であり、本は社会的なコンテクストを背負っている。しかし、それを読む人間はそれぞれが独自のコンテクスト(指向性、動機づけ…)を持ち、ソーシャル・メディアを使う時代に、大小のメディアが提供する「社会」のコンテクストを受け容れるだけの存在ではない。中心を欠いた、不安定なメディア環境にあって、マーケティングが決定的に重要となる。
Web時代のブック・マーケティング:意味空間の創造
(とくに日本の)出版関係者に最も理解されにくい点は、E-Bookビジネス(マネタイズ)のキーがマーケティングにあるというだけでなく、販促・広告中心の伝統的なマーケティングでは通用しないという点だろう。E-Bookに要求されるマーケティングは、Webビジネスモデルに最適化したものである。マーケティングは、消費者に関心と購入動機と意欲を喚起し、消費行動をガイドするものだ。そして“コモディティのような”消費へと導くことを目指す。つねに次の本を読みたいと思っている(買う用意がある)アクティブな読者・消費者ということだ。
出版関係者は一冊の本(コンテンツ)が唯一無二である点で、他の商品に冠絶したものであると語る(その割にはユニークでないものが多すぎる気がするが)。そう考えて出版していただけるのは嬉しいが、現実にはビジネスにおいて継続性、安定性を求める限り、それぞれの立場で「売れ線」を意識している。それは本が一定の仕様で製作される工業製品でもあるからだ。しかし、(1) 売れそうな素材/企画を探す、(2)特定コンテンツに対する潜在読者を探す、(3) 特定読者に対して、関心がありそうなタイトルを用意する、というのとは、かなり違うアプローチが必要になる。従来でも、編集者、出版営業、書店の販売は、それぞれの立場で意識的・自覚的であるかどうかはともかくマーケティングを行っている。
誰が、どんな内容の(誰の)本を、いくらなら買ってくれるか、ということを考えている。ではアマゾンに代表されるデジタル時代のマーケティングは何が違うのか。詳細は稿を改めたいが、要点は以下のようなことだと考えている。
- 編集者などエキスパートの専門知識を重視する
- コンテクストに関連するデータとロジックを整備する
- 情報を極力明示化、可視化、共有化すること
- 結果を導くロジックを発見、検証し自動化すること
- SNSやDMなどのオンラインツールと連携できること
次回は、デジタルにおいて特に再創造が期待される市場について述べたい。