メディアはフルデジタルとなることで、リーチ・サイズを競ってきたゲームの性格を変えた。ユーザーのコンテクストを知ることから、柔軟で、持続的で、多様なビジネスモデルが生まれる。すでに社会がWebを通してそれを知ってしまった以上、既成メディアにも止めることは出来ない。それを無視して従来の方法を通そうとすることから消滅の危機が現実化する。【連載第2回/鎌田博樹】
1. 知識コミュニケーションと出版
コンテンツとコンテクスト
人は言葉を通じて「世界」との関係を持つ。ものごとを知り、考え、表現するのは基本的に言葉を通してのことだ。言葉(あるいはそれと結びついたイメージ)が、それぞれの「世界」像を形成していると言ってもいい。言葉の力を信じないと主張する人がいるのは、言葉の共有空間にばらつきがあり、しばしば誤用され、曖昧で、不安定で、また話者や媒体、相手に依存するからだろう。しかし、好むと好まざるとに関わらず、この厄介なものが「世界」を創っている。入口をコントロールすれば、考えも変わり、表現も変わる。言葉の力は大きい。だからこそ国家は教育やメディアを管理したがる。
知識のコミュニケーションは、この不安定で不明瞭、不確実な「世界」に関わることだが、これは「知る・書く・ 伝える」という3つの要素で成り立っている。出版において、書くという行為は、読むことから始まるサイクルの、ひとつのゴールだ。何のために書くかはさまざまだが、抽象的に言えば、意味の成立する場あるいは価値の共有ということになろう。筆者もいまそのために書いている。これをコンテクストの形成と言い換えてもよい。まる4年以上続いているForumやMagazineの読者は、筆者とある程度コンテクストを共有していただいてきたことになる。
さて本題に入ろう。デジタルが知識コミュニケーションに何をもたらしたかということ。出版は知識コミュニケーションの代表的なメディアだが、前回述べたように、デジタルは出版のあらゆる局面に関わっているので、その影響は、非常に大きい。版下制作の電子化にはほとんど20年ほどかかったが(米国では1970~1990年前後で日本は約10年遅れ)、そこから「電子書籍」までの距離はほとんどないに等しいのに時間がかかったのは、フルデジタルでの「流通環境」が機能するまでに、やはり20年あまりを要したからだ。そして2007年にKindleとして完成した流通環境は、印刷本のアナロジーとして「タイトル」を中心に見ていた出版人の想定を超えていた。それは基本的に何に依らず「コンテンツ」の購入とプレイバックを中心としたデジタルサービス環境であり、iPodのコンセプトをあらゆるメディアに拡張した環境であった。主要な特徴を述べる。
デジタルは出版/メディアの何を変えたのか
符号化されたことにより、書籍と雑誌、音楽など伝統的な「メディア」の境界は、少なくともストアにとっては消滅した。メディアとチャネル、デバイスに依存しない「デジタル出版サービス環境」の成立である。この環境は、さらに消費者にコンテンツを買う気にさせる(マーケティング)機能とセットであり、通常の小売とは異質なものだった。
- この環境にはもう一つ大きな意味があった、Webではオンライン時のサイトでのユーザーの振舞いをフォローすることは出来るが、それ以外は分からない。ユーザーは基本的にIPアドレスだ。KindleやiPadのようなモバイル環境では、オフライン時もフォローできるし、ユーザーはその位置とともにほぼ特定可能だ。デジタル・マーケティングとして、得られる情報は格段に大きい。つまり価値があり、モバイル環境では様々に転用可能なのだ。
- 紙の上では、「知る・書く・ 伝える」という行為の間の関連は捉えようもない。そもそも出版では発行部数、販売部数までしか知ることは出来ないし、それに公表数字を真正と考える人は、業界にはいない。他方でデジタルでは(DRMの有無で違うが)、誰が、いつどんな読み方をしたのか(精読、飛ばし読み等)、そしてレイティングやレビューの共有/発信の有無と内容までが分かってしまう。
- インターネット上の出版/読書環境は、すでにWeb上に成立していたコマース、無償コンテンツ、SNS、DMなどの各種サービスと融合、連携することで、点の集合を線、面、立体として把握、追跡することが出来る、マーケティングが大海で魚を追うようなものだとすれば、デジタル出版環境は高精度の魚群探知機である。デジタル出版サイクルの成立は、Webマーケティングの性格を変えた。
- 出版が本来知識情報のコミュニケーションのための行為であることを想起してほしい。出版は関係の構築であり、そのことによって商業的/非商業的価値を生む価値実現プロセスである。そのプロセスがある程度開放されていれば様々なステークホルダー(発信者、受信者、チャネル、広告主)が関わることが可能で、価値の大きさと性質はステークホルダー=コンテクストしだいである。
商業的/非商業的価値を組合せ、金銭化するビジネスモデルは無限に多様化できる。本や雑誌をせっせと作り、2週間あまりで大半が陳列されなくなるという極端に不合理なサイクルに合わせなくても、コンテンツあるいはその読者に最適な販売方法、価格モデルを選択できるが、それ以上にコンテンツじたいの商品価値にも依存しない。
- デジタル出版において、本や雑誌は、もはやコンテンツそのではなく、それらを運ぶコンテナと考えるべきだ。コンテナは特定のステークホルダーにとって、コンテンツの価値を最大化するようにコントロール装置とすることが出来る。コンテンツ・コンテナ・環境の関係は入れ子的であり、コンテンツは複数のコンテンツに分解することも、別のコンテンツと統合することもあある。アグリゲーションは「価値を最大化」する手段として行われる。
このへんで「出版にとってデジタルとは何か」をまとめておこう。
- 新しい環境:インターネット、クラウド、モバイルデバイスから構成される生きた環境。
- 経済合理性:ステークホルダーに最適化した価値をもたらす有意な形態。
- 価値の多態性(polymorphism):多様な商業的/非商業的価値を持つ。
- コンテクスト性:コンテンツの潜在価値を実現/最大化する無限の可能性。
- デジタル出版:コンテンツを通した関係構築と価値最大化。
これまで紙を基本媒体にして、搬送形態ごとに分かれて行われていた出版との違いに、まず愕然としていただきたい。端末で読む本や雑誌をつくるという仕事は、新しい出版のほんの一部でしかない。すぐには理解できないのも無理はないが、自分が世界の中心にいると考えている誇り高い人々にとって、それを認めることのほうがはるかに難しいだろう。しかし、ゲームのルールが変わったという現実を認めることが、それを変える第一歩だ。◆(鎌田、01/12/2014)
メディアの危機ー来るべき再編に向けて
1. 知識コミュニケーションと出版<今回>
- コンテンツとコンテクスト
- デジタルでメディアの何を変えたのか
2. デジタル情報空間の分離とメディアの危機
- コンテクスト指向メディアの成立と発展
- メディア危機の7つの本質
3. デジタル時代のメディア再構築
- 出版とメディアの価値
- メディアとビジネス
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