本フォーラムは、情報共有のレベルを<問題意識→論点→課題→目標…>と高めつつ、具体的なイニシアティブにつなげることを意図している。これまで多くの方に読んでいただいた「最強メディア」論(1)-(3)は、大まかではあるが、問題意識の共有を進める上で役に立ったと思われる。そこで次に解決すべき課題の確認に進みたい。コメント大歓迎。(鎌田博樹)
空白の20年と出版インフラのデジタル化
Webというものの性質をご存知の方には、デジタル出版がいかに強力なメディアか、ということを理屈として理解するのは、そう難しくないと思う。しかし、日本の出版界は依然としてデジタルの力を活用するようには動いていない。むしろ、伝統的分業関係を守るために、制作を含めた体制への影響をいかに最小化するか、というのが過去30年あまりの不動のスタンスだった。それは組版に始まり、グラフィック、コマース、そしてE-BookやE-Magに至るまで、ほとんど変わっていない。変化は出版社の外側で進行してきたのである。これがまずいのは、デジタルのメリットをも最小化してしまうばかりか、同時に封じ込めにも成功しないことだ。
制作段階(印刷まで)のデジタル化が出版社の外で行われたのは当然と考えられているが、そうではない。欧米ではグループウェアを導入し、プリプレスまでの内製化が進んだ。アウトプットは紙だとしても、管理はデジタル・ベースとなりアウトソーシングも進んで生産性が上がった。重要なことは、原稿素材や生成物のデジタル管理が進んだことだ。1980年代後半から20年あまりかけて欧米出版社で進んだデジタル革命を、筆者は前半しか見ていないが、ここまで出来ていれば、E-Bookをアウトプットとして加えることは最小限の体制変更ですむ。
この重要な期間。日本ではバブルを挟んで泥沼の「出版不況」(じつは構造変化)に転落して出版社は方向感を見失ってしまった。20年前にはデジタル(当時はCD-ROMやPDA)にそう懐疑的ではなかったが、継続的に関わることはなく、電子辞書もガラケー・コンテンツの小ブームも、メーカーやキャリアに儲けさせただけで、出版界は潤わなかった。出版の拡大再生産を図ったアマゾンと比べてみれば、デバイスしか考えていないデジタルのビジネスパートナーは、出版社の無知を利用して独り勝ちした格好だ。羹に懲りた出版社は、膾(Web)を吹いてこれを避け続け、さらに印刷原理主義に引き籠ってしまった。
出版社として必要な進化を怠ったツケは大きい。まず問題なのは、一部を例外として、プロセスとコンテンツの管理をいまだに印刷会社に委ねていることだ。E-Bookもほぼ印刷会社任せで進められ、通販は取次を介している。リアルタイムで意味を持つ市場の情報はほとんど得られない。情報がないから、出版社の関心はもっぱら価格だけに限られる。つまり、よく売れる価格ではなく、紙に近い価格を保つことである。そして全タイトルの電子化は遅々としている。これではまず売れないし、制作費も高くついて儲からないだろう。つまりデジタルのメリットはほとんど得られない。
必要なのは「スピード感」ではなく、戦略と体制
電子化のモチベーションは上がらない中で、例の「スピード感を持って」という空しい言葉が繰り返し発信されてきた。「スピード感」を持っただけでは何も進まない。いったいにスピードアップをするには、(1)商品の仕様を変える、(2)プロセスを改善し生産性を高める、(3)余計に働く(残業を増やす)の3つしか方法はない。日本では、実現手段を示さない場合は(3)がデフォルトになっており、現場は「いつまで?」と考える。ゴールがない場合は我が身を守ることを考えなければならない。出版社はマーケティングや生産管理の専門家がいないので、(2)はすべて現場に委ねられる。現場では(1)と(3)を組合せてやりくりするしかないが、既存プロセスに新たな負荷が加わる「電子化」の結果がいいはずはなく、現場には疲労感と諦めが広がる。(2)を考えられる余裕などあるはずはない。
結論から言おう。出版社が編集、制作、コンテンツ管理まで含めたプロセスを変えなければ、デジタルが果実をもたらすことは期待できないし、むしろ負担になるだけだろう。デジタルで情報発信を続けなければ、市場からの情報を得ることは出来ない。読者とのホットライン(最低限メールリスト)がなければ、ほとんど無料で発信できるコミュニケーション手段も利用できない。「コンテンツ」を紙やデジタルのフォーマットで第三者に渡す以外のことが出来なければ、出版社は(著者と読者の間で)その役割を果たせない。コンテンツ管理とマーケティングが、デジタル出版の鍵だからだ。
新シリーズでは、デジタルへのキャッチアップ(≒出版の進化=サバイバル)を阻害している要因、克服すべき課題を特定し、打開策を提案していきたいと思う。いまのところ、以下の7つを考えている。
- 業界優先→デジタルによって産業の構成は変わり、伝統的な「業界」は空洞化している。
- 技術軽視→出版の技術的前提が変化している。技術を使えなければ使われる存在となる。
- 読者軽視→読者/顧客/消費者こそがビジネスのプラットフォームである。
- 職人意識→出版において「ものづくり」は一面であり、それ自体は価値を生まない。
- 男性優位→女性は読者の半分以上である。なぜ出版は違うのか。
- 他者依存→自立自尊が出版の原点であり、社会的な存在根拠でもある。
- 一発勝負→出版は著者、読者を育てるビジネスであり、ギャンブルではない。
つづく (鎌田、05/20/2014)