Wall Street Journal (WSJ)紙で出版を担当するジェフリー・トラクテンバーグ記者が「業界勢力図を塗り替えるアマゾンの書籍出版」を総括した記事 (01/16)を書いた。日本語版 (01/17)にも掲載されたのでぜひ一読いただきたい。出版者としてのアマゾンを「無名の本を必読書に押上げることのできる比類ないショーウィンドー」という紹介だ。
アマゾン・ベストセラーの正当性
「無名の本」とはベテラン作家マーク・サリヴァン氏の ‘Beneath a Scarlet Sky’ という、第2次大戦を題材にした歴史小説で、2015年にニューヨークの8社が不採用とした素材をアマゾン出版が数万ドルで契約して2017年に刊行し、ハードカバー、ペーパーバック、E-Book、A-Book、CDの5つのフォーマットで計150万部を販売したという。USA Todayの2018年ランキングで56位。歴史小説は編集作業が面倒で、売れ残るリスクも大きいが、ジェームズ・パタースンと組んでベストセラーを3作も出し
たこともあるベテランにしては、数万ドルの契約金は安い。それでも在来出版社がスルーしたところに、現在の出版界の状況が示されている。市場(=著者×読者)を開拓してきたのが出版社だとすれば、明らかに元気がなさすぎる。
トラクテンバーグ記者は、出版業界の根深い疑いを意識して、サリヴァン氏の本の成功の陰にあるアマゾンの影を取材している。同社の出版点数は、10年前の373点から17年の1231点に増加し、しかも利益を上げている。Kindle Unlimitedや first reads(旧Kindle First)のような「他の出版社にとっては夢でしかない販促ツール」があり「推定1,000万人以上の顧客に到達できる」ためだ。記事は「彼らはシステムを操作しているのではない。システムを保有しているのだ」というある版権エージェントの声を引用している。システムとは、企画・制作・販売から顧客=読者を含む、出版のサイクルのすべてをサポートするシステムで、出版と流通が機能分化して以降初めてKindleで再統合したものを指す。アマゾンには販売を操作する動機がないという意味だ。
出版と販売の両方を手掛けるアマゾンが「構造的に利益相反状態」にあるという業界の批判は「私たちの目的は、顧客がすばらしいコンテンツを得られるようにすること」「同じプログラムを全出版社に提供している」というアマゾン出版の主張で一蹴される。
アマゾンの「マーケティング・システム」
記事は「大人向け新刊書のネット販売でアマゾンが占める割合は約72%、新刊書販売全体に占める割合は49%」という書籍調査会社
(Codex Group)の数字を紹介している。そしてアマゾンの有するリソース(全世界1億人のプライム会員、5.5億点の商品から得られる膨大なデータなどなど)からみて、そのパフォーマンスは妥当なものであり、プライムや推定会員460万人(18年6月)のKindle UnlimitedでKDPセレクトのタイトルが読まれ、ランキングが上が
り、それが売上につながり、著者(出版者)の収入が増えるのも当然だ。ただ「競合する出版社」が使っていないだけなのだ。サイモン&シュスター社は1月から80点をKUに提供し、新規収入につながるかどうかの試験を始めたというが、これは出版界がアマゾンへの対応を変えるきっかけとなるだろう。
要するにこういうことだ。ウォール街を代表するWSJは、アマゾンの出版モデルに何のトリックもないことを確認した。それは、アマゾンのビジネスモデル全体に根拠を持ち、驚異的なスケールで実現された精密なシステムによって定常化されたものなのだ。実力ある作家の「無名の本」の成功が、このシステムによって成功したことは「ふつう」であり、後述するように、ただ21世紀の典型的なプロセスで出版して、内容の良さが正当に評価されて売れた。ちなみに、本作品はハリウッドの大物プロデューサーの手でTVドラマ化も決まったが、アマゾンの影はない。◆ (鎌田、01/20/2019)
アマゾンのシステムの根幹であるKindleは2007年に登場し、10年を経てなお拡張を続けている。筆者はE-Book2.0 Magazineでこのシステムを追い続け、昨年5月に『Kindleの十大発明』として上梓したが、それが出版をどう変えたに迫る第二作を近く刊行する。アマゾンが「出版」にとって何であるかがようやく認識されつつことは、本記事が物語っている。
参考記事
- Mark Sullivan’s‘Beneath a Scarlet Sky’Racks Up Rights Sales, by Porter Anderson, Publishing Perspectives, 09/15/2017
- アメリカで静かに影響力を拡大しつつあるアマゾンの出版社【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(4)、渡辺由香里、FINDERS、07/25/2018