「相互につながったもの」を意味するネットワークは、つながるもの、手段・内容・性質によってまったく違う様相を帯びる。それは生きているのだ。家族から企業、国家までの人のつながりは人間社会とともにあり、電話やTV、コンピュータなどのネットワークは、産業文明とともに生まれた。誰もが「一部」だと感じていたはずの「異質」なものが、ほんとうにつながって「しまった」時にどうなったか、どうすべきか、ということを思い出させてくれるのがWebであると思う。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』で次男のイヴァンの語る「大審問官とイエス」「悪魔の3つの誘惑」の有名なエピソードのようで、沈思黙考するしかない、というのがWeb30年を経た実感だ。
振り向けば「隣り合わせの現実」
これまで仕事上における人と人のコミュニケーションは儀礼(インタフェースとプロトコル)で動き、モノはシステムを連携させる機械的手順(こちらもインタフェースとプロトコル)で動いてきた。それらの間をつなぐのは様々な種類の人々で、膨大な数が従事していた。しかし、Webは(すべての)人とサービス/モノをつなげ、ビジネスが変わり、世界の風景は一変した。すべての人とつながる可能性が開放されたためである。
そこでメールアドレスから各種アカウント、IPアドレスなどの「価値」が生まれた。それを掻き集めるための無料サービスが一斉に開花したことは、まだ記憶に新しい。たちまちに数千万、数億という単位になった。「ネットワーク効果」が万能であると信じられた時代だ。
やがて「ソーシャル」の時代が訪れ、広告が大半の利益を稼ぎ出すようになった。なぜWebの「ソーシャル」が爆発的にヒットしたのかといえば、それが人と人のネットワークへの簡単なアクセスを提供したためだろう。人のアクセスは簡単ではない。DMでは「届かない」が、ソーシャルなら入れることが確認され、様々な「社会」が入り込むようになった。管理人が広告業者に協力したおかげで、「ソーシャル」はチラシだらけになった。「政治と宗教」の話題はマナー違反のはずだったが、そうした結界は瞬時にして消し飛んだ。それこそが儲かったからだ。生きるか死ぬかの前には…で入口が爆破され、群衆がなだれ込んだわけだ。
幸いにして、アマゾンはアップルなどと同じく、20世紀の健全な常識を持っていた。「ソーシャル」のリスクを研究していたからだ。「本」はもともとソーシャルのインタフェースを兼ね、大切に扱うことでソーシャル(つまりナマの人間の)のリスクから関係者を護ることができる。それは「本」が、それ自体のインタフェース(構造・機能・UI)を持っているからだ。本が「ソーシャル」のインタフェースとして公認・共有されてきたのは、近代以前に確立されていたからで、アマゾンは独自の「ソーシャル・プラットフォーム」を有している。一つは Goodreadsという書評空間で、もう一つは著者と読者に提供されているページだが、どちらも「社交/パーソナル空間」で、SNSのような「解放感」はない。アマゾンは顧客がプライバシーに不安を抱くことを最も警戒しているのだ。
本のネットワーク性
本には人に頼らず、逆に人が頼りとする重要な性質がある。それはメッセージとその表現、共有された読者のプロファイルを解析することにより、読者に関して多くのことが分かるということだ。理由は主に以下の4つだ。
- 本には必ずつながりがあり、別の本やその先にある本との間に関係を持つ。
- 知識/情感を共有するために書かれたものであり、共感する読者を持っている。
- テーマ、時代、コンセプトなど具体的なコンテクストを共有する。
- ネットワーク効果は「つながった本」にはより効果的に働く。
Webの原型であるハイパードキュメントは、本のこうした性格を反映している。それはたんなるナビゲーションのためではなく、著者を含め他の読者と議論し、思考を深める環境となる。アマゾンはそのために「書店」からビジネスを開始し、あらゆる商品・サービスに手を広げる一方で、制作・販売までの本のプラットフォーム構築し、公共的な読書空間をWeb上に構築した。それはアマゾンにとって本が真の意味でビジネスモデルのエネルギー源であり、持続的な環境を必要としていることを示している。
本のネットワーク性は、バーナーズ=リーらがWebの基本として参照したという ‘Enquire Within Upon Everything‘(生活実用百科)を見ると分かりやすい。100年以上前の中産階級の主婦を対象に、読者が生活を取り巻く「世界」と対話するように出来ていて、ベスト/ロングセラーになったものだ。2500ものQ&Aが具体的で(2人目のお手伝いにいくら払うか、紳士からの贈り物の受け取り方、断り方など)、アガサ・クリスティのミステリーの小道具&情報源となったのも頷ける。
同じ発想で、オンライン・コミュニティ(All Aboutなど)が生まれたが、この「実用百科的」性格を最も巧みに利用し、ビジネスモデルに組み込んだのはアマゾンだろう。それというのも、すべてに関連付いている「本」を持っているからだ。コミュニティのナマのオピニオンには必ず賛否が付きまとうが、本はそうしたことはない。本は「別の見方」を受け容れる文化(社会)の中でつくられてきたからだ。Webの「直接性」を緩衝するバファとして、本はまたとない素材だと思う。◆ (鎌田、03/17/2019)
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