アップルが先月発表した 「Apple News+」に2つの有力紙(New York Times と Washington Post)が「不参加」を表明した。NYTは「読者との直の関係」を重視、WPは「意味をなさない」とした。それぞれ独自のデジタル戦略と取組んできた両社にとって「メタデータ」が使えない情報発信は無意味だと見られている。
いまだ見えないニュースメディアのデジタル化問題
「ニュースメディアのデジタル移行問題」は10年を経てもまだ決着がついていない。すでに廃刊した新聞や雑誌も少なくないし、Webメディアに転換したものもある。Webの登場から25年以上になり、もはや紙に戻れなくなってもまだ定まらない。それはテクノロジーではなく、人間の活動と精神の基盤となるエコシステム(生活)の問題だからだ。ニュース・ビジネスは非常に精密なシステムだったから、エコシステム丸ごとの再構築は不可能に近い。ゼロからつくるほうが容易だ。しかし、既存のメディアは前者を選ぶ。「ゼロ」が嫌だからだ。
NYTとWPは、「読者」と「ジャーナリズム」という美しい言葉に賭けているかに見える。もちろん、それをつなげるものはテクノロジーでなければならず、ツールとしては「メタデータ」と「UX/UI」ということになる。NYTは、WPのオーナーであるジェフ・ベゾス氏とは逆の立場にありそうだが、UXを頼りに「読者/ジャーナリズム」という伝統的価値を掘り起こそうという点では共通している。
アマゾンのUIは、本の読者を出発点として、書店の読者体験(データ)で顧客の満足と信頼を積み上げていったものだ。この会社が「Webビジネス」と違っていたのは、顧客(体験)を重視していたことで、ここが「アクセス」と「データ」を万能視し、読者との関係を甘く見ていたメディア系ビジネスと違っていた。WP紙を完全保有してからUXの構築を始めたのも、慎重さの表れだ。かつての「メディア王」たちとの違いは分かり易い。ちなみに、マードック氏はアップルの大ファンで、iPad以来、iOSメディアに散財している。
デジタルの価値に気がついたNYTの「読者UX」
NYTの「読者UX」アプローチの構築がどのようなものかを知らないが、成功すれば画期的なものとなることは間違いない。筆者にはしだいにテクノロジーというものの「意味」をつかみ始めたように感じられる。見栄や気取りのようなものが薄れて、読書欄の増強にも見られるように、紙面を通じてのコミュニケーションに力を入れているからだ。
デジタルは情報の加工・表現技術と生産性を飛躍的に高め、ニュースメディアはすべてのツールを使える立場に立った。オーディエンスへのアクセスなどはWebを使えば軽くできそうだった。しかし、有償読者の獲得は簡単でなかった。しかし、マーケティングはゼロから学ぶしかなく、急速に進む「紙離れ」で、印刷広告という相対的にコストの高い事業収益の多くを失った。Webといえども、アマゾンのようなUX/UIとパーソナライゼーションで、一人ひとりの満足と信頼を築いていくしかない。
「フェイク・メディア」の自爆で、壊滅的打撃は免れたものの、印刷はフェイクでないという信頼が回復したわけではない。アマゾンは25年かけて1億人のプライム会員を獲得し、WPの「購読者獲得」にもゼロから取組んでいる。NYTがこの「原理」に目覚めれば、もともと優等生なこの新聞は「メタデータ」の効果的な使い方を発見するだろう。「メタ」を使えるようになるには、自分自身を相対化できるようにならなければならない。印刷版という「枠」を外れることだ。◆ (鎌田、04/02/2019)
参考記事
- “Are We at a Party, or a Wake?”: Journalists Wonder If Apple News+ Is a Trojan Horse
The Times and Post resisted Eddy Cue’s hard sell (“We’ll make you the most-read newspaper in the world.”) But Rupert Murdoch has always loved Apple, and he brought the Journal in., by Joe Pompeo, Vanity Fair, 04/01/2019 - Apple News Plus is a fine way to read magazines, but a disappointment to anyone wishing for a real boost for the news business, By Joshua Benton, Nieman Lab, 03/25/2019