最近のビジネス系出版物の惹句では「リアルとデジタル(バーチャル)」という言葉が目立つが、思えばこれは20年ほど前の「ITビジネス」がテーマとした「経営とIT」というのと同じ。それぞれの関係者にとって異質な、あるいは本質や関係がよく分からない「重たそうな言葉」を並べて勿体をつける編集手法だ。
リアル+デジタル=ネオ・リアリズム(!)
「コンピュータ」はほとんど半世紀以上、「IT」「デジタル」「AI」「バーチャル」と名前を変えて「最前線」の話題となってきた。しかし、コンピュータが「あちら側」にあった時代はとうに過ぎ、「モバイル」が「組込」まれて「ユビキタス」「ウェアラブル」になり環境の一部となっている時代となっても、まだそれは「異物」として「リアル」なものと対峙していることになるのだ。「IT」はどこまで行っても異質と思われる宿命なのか。しかし、そうとも言えない。現に日常化し、体験として定着しているからだ。
先週、東京ビッグサイトで開催された「コンテンツ東京」というイベントで、「リアルとデジタルの融合」と題したスターバックスコーヒージャパン(SCJ)の濵野 努・デジタル戦略本部長の講演を聴く機会があった。同社のテーマは「スターバックス体験」つまりUXの向上だが、このシアトルの会社のことは、アマゾンに先駆けた「UXの先端企業」として注目していた。改めて考えると、UX(の成功)がこの2大企業を世界最大としたにもかかわらず、UXでの追随を許していない(誰も真似ができない)という点で、ジェフ・ベゾスが範とした可能性は十分にある。
同社の方法は、簡単なことを複雑なプロセスとして(面白く共有しつつ)行い、体験という(特別な意味のある)価値として提供するものだ。重要な価値は「エンゲージメント」で、どれだけ多くのオーディエンスを、どれだけ持続的に引き込めるかというもので、ここにそれ自身が「メディア」でなければならない理由がある。スタバはそれを自覚的、システム的に始めた最初の企業と言えるだろう。UX・コーヒー・本の間には、かなり深い結びつきがある。太平洋岸に面していながら最も「ヨーロッパ」を感じさせるシアトルの町の文化が、UXを育み、新しいタイプのグローバル企業となったのだと思う。
UXとは「特別な意味」の実現
UXは「体験」をビジネスの資源(競争力)とするという点で、ソフト+ハード+サービス化の究極、つまり先にある。問題は、それが定型化、量産化が困難で、コンテクストに依存し、ようするに大きなビジネスにはならないものだということだ。富裕層が相手なら「体験」ビジネスもいいが、普通の人を相手にすれば不可能だ、というのが常識だ。しかし、スターバックスはコーヒーという(米国人の常識的には)最も単純で期待度が低い商品を「体験商品」とし、アマゾンは、本という、逆に最も複雑な商品の販売をシステム化し、そこに「体験」の余地を発見し、拡大していった。(写真は市立図書館)
1987年にシアトルで創業した欧州風のコーヒー・チェーンと、1994年にオンライン書店として創業したアマゾンの共通点は、(1) UXの資源化、(2) 一般顧客第一主義、(3) 工学的なサービス・エンジニアリングをプロセスとして確立したことだろう。サービスの工業化は米国の伝統で、「アメリカン・コーヒー」は「必要悪」として、筆者などは諦めていたのだが、創業者のハワード・シュルツは、最も南欧的なエスプレッソの「システム化」に挑戦し、成功させたのだ。アメリカ人にもたらしたカルチャー・ショックは大きかった。しかし、スターバックスの挑戦は、むしろUX、つまり急速に色褪せ、すぐに目移りし、満足/価格が割高に感じられ、店の成功が目障りになり…といったプロセスを乗り越えられる「システム」を構築したことだろう。
アマゾンは創業時に、UXを最大化し、消費者を「顧客」化する「フライホイール(弾み車)」と称するWeb上の最初のビジネスモデルを実装した。「低価格」などは一時的な弾みとして重要だが、勝負は維持できるかどうか(運用のプログラムとタイミング)で決まる。
前例のないシステム・アプローチに確信を与えたものは、ハワード・シュルツのアプローチだったと思われる。1980-90年代に米国にしばしば通っていた筆者から見て、この国のコーヒーに起きた変化は大きく、「体験」を事業化した非凡さを実感する。彼はフットボールの特待生に選ばれた苦学生でありながら、「QB以外は無用」と謝絶し、学業優等で卒業したことで知られる。ゼロックスの幹部に抜擢されながらも「コーヒー」を変えるビジョンを貫いたのも好ましい。ここまで「コーヒー体験」を共有することに真剣な人物だからこそ、まず従業員に、次にファンに、そして消費者に共感を呼ぶのだ。◆ (鎌田、04/06/2019)
■ スターバックス レギュラーコーヒー(粉) (カフェベロナ)
Nice article thanks for talking about UX from this perspective