出版は印刷以前から存在し、それ以後も発展するテクノロジーです。21世紀の出版の課題は、電子技術を活用して、知識情報のコミュニケーションの中心としての出版本来の役割(情報価値の最大化)を効果的に発揮できるようにすることです。本フォーラムでは、コンテンツとハードウェア、ソフトウェア、サービスを動的に結合させた仮想環境を EBook 2.0と呼び、21世紀の出版技術を考えていきたいと思います。
出版は、一定の目的のもとに情報を製作、複製し、入手可能にするテクノロジーです。それは文明(社会的コミュニケーション)とともに発祥し、その時々に利用可能な情報の形態、操作技術、媒体、搬送方法を使って知識情報を伝えてきました。印刷と結びついて繁栄を極めたことは歴史的事実ですが、出版は印刷以前から存在し、それ以後も存在するものです。
行為としての出版は、発行者、利用者の双方にとって<意味>を持つことを求められています。それは情報や知識が、当事者やそれをとりまく社会にとってなんらかの<価値>をもたらすことが期待されているからです。情報に意味を持たせるものは、基本的にはコミュニケーションの目的であり、さらに環境 (5W1H)に依存します。意味や効果を事前に把握し計量することは不可能であり、少なからぬロスが発生することは避けられません。この不経済を制御することは、出版にとってつねに避けて通れない課題です。
電子技術は、文書の構造を読み取り、文字と画像を配列することでページの制作を支援したことに始まり、コンテンツの配信を支援し、読者との対話を支援し、さらに5W1Hを解釈して<意味>の領域をコントロールすることで、しだいに人間の思考や判断をも直接的に支援するという領域に近づいてきました。技術革新は過去半世紀あまりの間に起きたものですが、実用技術として商業的に利用できるようになったのが比較的最近に集中して起きたために、出版の専門家ほど、全体像の理解に時間がかかったと思われます。
21世紀の出版の課題は、印刷にこだわらず、電子技術を活用して、知識情報のコミュニケーションのバックボーンとしての出版本来の役割(情報価値の最大化)を効果的に発揮できるようにすることです。そうした可能性を追求する中で、新しいビジネスモデルやサービスが実現していくでしょう。私たちはいまこそ出版の未来を見つめるべきです。このフォーラムでは、コンテンツとハードウェア、ソフトウェア、サービスを動的に結合させた仮想マシン(環境)を EBook 2.0と呼び、21世紀の出版技術を考えていきたいと思います。 (10/15/2009)
図版:ヴァネヴァー・ブッシュ (1890-1974)と彼が考案した仮想「記憶拡張機」memexのアイデア。ハイパーテキストの元となった。