今日の社会は多くの深刻な問題の解決に迫られていますが、それには知的情報の効果的な伝達が不可欠です。しかし、コミュニケーションの環境は過去10年間で一変しており、過去につくられた社会システムそのものが現実と不適合を生じていることが事態を複雑にしています。私たちはこのサイトで<知的情報のコミュニケーション>における出版の基幹的な役割を再構築するための課題や方法を議論していきたいと考えます。
知識情報のコミュニケーションのインフラとしての出版の再構築
人間は社会的動物ですが、この特殊な動物が構成する、複雑にして雑多な社会は<知識情報のコミュニケーション>によって機能しているともいえます。人々が抱く理想と現実の<社会>のイメージは、コミュニケーションによって得られたもので、人はそれに基づいて行動するからです。もちろん、それは人々の置かれた環境によって同じではありませんが、そうしたズレやギャップを伴ないながら、一定の環境が成立していると考えられます。デジタル化やグローバリゼーションはこの秩序を大きく揺さぶっています。
環境が変化する中で恒常性を調節・維持することは、動物にとってと同様、社会の生存にとっても必要な機能ですが、変化が急激である時には、知識情報の共有のためのコミュニケーションが特に重要となります。社会が抱える様々な問題は、何らかの障害によって、意味のあるコミュニケーションが成立しにくくなっている状態と考えることもできます。デジタル化によるコミュニケーションの変容は、それ自体が産業革命以来の環境変化をもたらしており、私たちは、ビジネスや行政、法制度を含む社会システム、教育や科学技術のあり方を含めて、対応を迫られています。
出版は<知識情報のコミュニケーション>のインフラでした。しかし情報力の非対称性を前提として成立していた階層的秩序は崩壊の過程にあります。象徴的な現象は電子図書館や電子書店で顕著になった出版物のデータ化です。読者が必要としているものが「コンテンツ」ではなく「知識」である限り、書籍のデータベースはたんなるコンテンツのリポジトリではありません。様々な用途に即して構造化され、多様なサービスによってサポートされた知識情報は、内容以上の付加価値を読者と社会に提供できるのです。それは<ユーザーエクスペリエンス>ですが、このことの意味は十分に理解されていません。
デジタル化、データ化と、近代の所産である<著作権>の問題は、出版物が今日果たすべき社会的機能という観点から議論され、合意が形成されるべきであると思われます。出版は社会によって規定されるだけでなく、逆に社会を規定する存在でもあります。社会を変えることも可能でありながら、社会によって可能性を制約されてもいるわけです。だとするなら、出版を変えることによって、コミュニケーションを変え、社会を変えていくことも可能であると思われます。本サイトでは、たとえば以下のような問題を考えていきたいと考えています。(鎌田、10/18/09)
- 過去の出版物の流通と著作権
- 教育におけるコミュニケーションと出版
- 研究開発におけるコミュニケーションと出版
- 政治・政策に関するコミュニケーションと出版