10月6日から5日間、ドイツのフランクフルトで開催されていた第62回フランクフルト国際ブックフェア(以下FBF)は、デジタルを前面に押し出した新企画で変貌ぶりを見せた。昨年からFBFの前日に開催しているTOC Frankfurt(オライリーと共催)を含めた関連イベントをFrankfurt SPARKSという傘のもとに展開したほか、著作権や教育に関するイベントのデジタル関連のセッションを効果的に連携させることで、全体のリニューアルを完成させたといえる。昨年はまだTOCだけが浮いていた印象だったが、StoryDriveという未来志向のカンファレンスを始めたことで、コンテンツビジネスの様々な要素が噛み合い、デジタル時代のFBFの主導性を印象づけた。
デジタル・パブリッシング時代のFBFの基本戦略を開示
EBook2.0 ForumにFBF2010直前のプレスリリースを翻訳しておいたので、構成と内容については、そちらと公式Webサイトを参照していただきたい。10日の発表によれば、今年は111ヵ国から7,539の出展者が展示を行い、約3,000の小イベントを含め、279.325人の来場者を記録した。しかし、こうしたクロスメディア/クロスインダストリー・イベントでは、数以上にプロと一般それぞれの参加者が受ける新鮮な驚きと刺激の質が問題になる。これまでニュースメディアや専門ブログなどでみた限りでは、デジタル・リニューアルはかなり成功したようだ。
FBFは言うまでもなく世界最大のブックフェアであり、日本からの参加者も多い。しかし、著作権の輸入ばかりで輸出に不熱心だった関係上、バイヤーばかりで「展示」が少なかったので、この最大のマーケットでの日本の存在感は薄かった。東京のブックフェアは消費者と書店などを対象とした内向きのイベントだが、FBFはまったく対照的で、国際的な版権取引がビジネスの中心を占めている。ドイツはもともと近世以来、ヨーロッパの書籍流通の中心的位置を占めており(ライプツィヒ)、第2次大戦後の西ドイツの国家的再建にあたって、フランクフルトにこの伝統を継承させ、産業・文化の復興の起点にした。英語市場に偏るシカゴやロンドンに対するフランクフルトは、最初から言語的・文化的中立性を意識していた。もちろん、版権取引の場を提供することにより、世界の出版市場の情報が集積する。
出版のデジタル化、コンテンツの境界の喪失、米国を中心としたグローバル・メガストアの登場は、FBFの地位を脅かすものであることは言うまでもない。ドイツもフランスとともに出版業界には反デジタルの空気も強い。しかし、歴代総裁の中では若いユルゲン・ボース総裁は、そうした業界とは逆に、出版業の歴史的変化を千載一遇の機会とみた。つまり、ITによって、(1) あらゆるコンテンツはデジタル化され、(2) 新しいクロスメディアアプリが形成される、(3) クロスオーバーの版権市場が必要になるが、(4) 本は映像・音楽・ゲームなど、あらゆるコンテンツの中心的位置を占める、(5) FBFこそ、新しい版権市場を担いうる、というストーリーである。筆者はこれを本人にぶつけて反応を聞いたのだが、まったくその筋に沿って準備を進めているとのことだった。
昨年のTOCは、オライリー色の強いイベント(の欧州版で)、まずアメリカとの現状認識の共有を進めたという印象だった。出版業の危機と好機を確認し、Web 2.0時代の出版業の課題とソリューションを共有し、ビジネスモデルを議論するということだが、それらは出版のオペレーションに寄ったテーマであって、切実であるぶん、そもそもデジタル時代に「本」とはどんな形になるのかという、社会と文化にとっての深い問題には答えきれないきらいがあった。
そうした問題に正面から答えようとしたのがStoryDriveである。これは複数のメディアあるいは芸術形式にまたがって展開する物語を意味するCross-Media (Transmedia) Storytellingを拡張型E-Bookの基本技術に据えて、異分野交流やコラボレーションを超えた、デジタル時代の新しい話法の創造と、そこで必然的に必要となる著作権問題の解決とクロスメディア版権市場の創造へと展開させようというものである。ディズニー・スタジオからマドンナのプロデューサーまで、多彩なゲストを招待して、華麗なクリエイティブの世界を紹介したが、参加者に大きな刺激を与えたと思われる。同時にこれは地味な版権法務に関する議論(International Rights Directors Meeting)とも結びついており、周到に計画されていた。FBFは「StoryDriveによって、関連する産業のクロスメディア・ネットワーキングを推進するプラットフォームを創造することに成功した」と任天堂のシリヤ・ギュリヒャー(Silja Gulicher)は、高く評価している。
デジタル製品展示のために、IT系のフェアのような設備を導入したHot Spotsは、出版サービス、モバイル、デバイスなど6つのゾーンに分かれていた。昨年までは「書籍見本市」の中のデバイスコーナーだけだったことを考えれば大きな進化だ。「コンテンツとテクノロジーの出会い」はFBF2010全体のテーマでもあるが、「コンテンツ・プロデューサーとテクノロジー・プロバイダーの協力の形態・条件」を議論したパネル討論も、TOCやStoryDriveとの関連を打ち出している。たんなる製品展示(これも25以上とかなり増えた)だけでなく、FBFとしての独自性がかなり出ていたと思う。(鎌田、10/13/2010)
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