コンテンツとしての旅行ガイドの可能性(♥)

旅行ガイドは、E-Bookと最もなじみやすい分野の一つだ。海外ではすでに多くのコンテンツあるいはアプリが、タブレットとスマートフォン向けに登場している。それには定評あるガイド出版社のものだけでなく、中小の専門出版社、Webでシティガイドなどを提供しているサービスまでが含まれる。ということは、これからますます(膨大な)ものが登場し、有料コンテンツと広告モデルの無料コンテンツ、そしてプロやアマチュアの旅行記、旅行写真などのマイクロコンテンツやマイクロアプリまで参入して百花繚乱というか汗牛充棟、玉石混交ということになるだろう。(全文=会員)

モバイルアプリは使える、でも…

NY Timesの10月27日付は、ボブ・テデスキ記者の「モバイル旅行ガイドは使える。でもやっぱり本は頼れる」という記事を載せて、Lonely Planet、Foror、Condé Nastなどの電子版ガイドブックを紹介し、「アイデアを膨らませ、外出時には時に近所の見物やレストランを見つけたりするには大いに役立つが、本の有用さにはなお及ばない」と結論づけている。とくにスマートフォンと本を比べると、スイッチが要らない本の“操作性”(必要な情報へのアクセスの速さ)が圧倒的に有利だという。iPadはその点少し改善した。とくにLonely Planetの “Discover”シリーズ($13~18)の ハイライト、書き込み、引用、SNSとのリンク、ナビゲーションなどが評価されている(ただし、うっかりハイパーリンクを起動するとすぐに元に戻れない)。

日が浅いせいでタイトルが少ないのも、現時点では欠点といえば欠点だ。カバーされているロケーションは、ニューヨークやロンドン、パリ、ローマといった、もともと情報が多い大都市ばかりで、本やWebなど代替情報手段も多いから、そのぶん必要性も低くなり、iPadがあるからぜひ試してみたいというテッキーな人間を初期ユーザーにするしかない。もちろん、地域別タイトルの少なさは、時間が解決するしかない。年末、来年にはさらに多くが登場することになる。Lonely Planetには、1000 Ultimate Experienceという、“アームチェア旅行体験”アプリもあり、こちらは旅行プランへのアイデア提供に徹している。iPadにはそうした机上の用途が最もふさわしいかもしれない。

市場に出ていた期間が長い分、iPhoneアプリは逆に無数といっていいほど提供されている。テデスキ記者の記事では、「ナパヴァレーなど無料アプリに便利なものもあるが、大都市に関しては、やはり専門出版社のものが優れている」として、アメリカで人気のあるフロンマー(Frommer)やフォドル(Fodor)のアプリが取上げられている。フォドルのガイドでは、カーナビと同じように、現在地周辺の施設が表示でき、ユーザーの関心の順に表示され、通信接続なしで地図も呼び出せる。検索機能はうまくできていると評価。他方で、フロンマーのガイドは、豊富な情報に対し、ナビ/検索機能が弱いという。ロンリー・プラネットのCity Guideシリーズ($6)は24都市をカバー、内容の網羅性・機能で高評価を得ている一方、情報を検索し、絞り込む際のヘルプがないため、土地勘のない人には使いにくいようだ。

Android系の旅行ガイドはiPhoneに比べまだ乏しいが、Lonely PlanetではCompassガイドシリーズを提供している。このシリーズは、AR (Augmented Reality)による体験を提供しているところが目新しい。同じく同社のPhrasebooksは、日本の電子辞書のような多国語による旅行者用必携フレーズの読み上げ機能もある。またパリの専門出版社Navigaiaは、€5.99($8)で、ビデオ付のガイドを出している。ベルリンやリスボン、セビリアのような超有名都市でない都市もカバーしつつある。

ユーザーのモビリティと情報ニーズ

ではこれらが3~5年で冊子にとって替わるかといえば、すぐにも替わりそうなものもあれば、共存するか、あるいは替わらないだろうと思われるものがあると思われる。これは他のジャンルと同じだ。読者にとっては、紙か電子かというほかに、タブレットかスマートフォンか、という別の選択も生まれる。同じiOSでも、iPhoneとiPadではUIのデザインはかなり変わってくる。携帯性と操作性(+見やすさ)のトレードオフは、編集者とデザイナーの頭を悩ませることになるだろう。読む場所と時間、目的(内容)、それにユーザーの属性があまりに多種多様になるからだ。

旅先で携帯かスマートフォンをを持ち歩かない人は減っていくだろうから、スマートフォンに加えてLCDタブレットおよび/または電子ペーパー端末を旅行に持っていくかどうかが問題となる。持っていく場合は、サイズと重量でどんなものが最適かということも、解決していない。iPadは携行するには重く、うっかり落として壊すのが怖い。理想的には、外を歩く時はスマートフォン、iPad(タブレット)はスーツケースに入れて、時に連携させるということだろう。その場合、タブはPCの代わりを務めることが望ましい。機能が重複するガジェットを3種類、というのは心理的にも経済的にも、セキュリティ的にも負担が大きくなる。

旅行ガイドや電子辞書は、できれば携行したいものだが、バッグが必要になるので、実際に持ち歩くことは少ない。だから携行デバイスとしてはスマートフォンということになるだろうし、現場での使用を前提としたUI、アプリやサービス機能が発展していくだろう。つまり、現在の、分厚くかなり読み応えのあるしっかりしたガイドブックをそのまま収めても、スマートフォンでは効用が小さくなってしまう。利用場面が内容とUIを規定するということだ。欧米の主要な美術館や博物館では、部屋ごとの展示品の説明をスマートフォンを通じて流すサービスを始めたところが多い。館内FM放送とヘッドセットによるサービスよりコストが安くて済み、音声のほかに文字・画像を扱えるからだろう。

E-Bookをインタフェースとする情報サービスへ移行?

読者、利用者にとっての選択と並んで重要なことは、ガイドブックの電子化が進めば、出版社だけでなく、旅行関連産業の中でE-Bookを中心とするビジネスモデルの開発の動きが強まると思われることだ。ガイドブックは昔から、ローカルあるいはグローバルな旅行関連サービスと印刷された情報を通じて結びついていたが、電子化すればその場で様々なサービスや情報源に結びつく。E-Bookの旅行ガイドが、消費者に最も密着した信頼できるパートナーであることを訴求できれば、これが中心的なサービスプラットフォームの一つになる可能性も少なくない。雑誌出版社のCondé Nast Travellerは明らかにそうした志向を持っている。

さしあたっては、行者向けの旅行ガイドを、シティガイドや各種施設情報、観光局情報、外務省/大使館情報、文学・歴史紀行などのコンテンツとリンクさせる必要がある。これまで各種印刷物は、発行主体によって独立に制作されており、連携などさせる必要も(あまり)なかった。しかしWebを介してコンテンツ間の動的な連携が可能になる現代では、連携させることによって単品の商品価値以外の「媒体価値」を開発する可能性(必要性)も出てくる。価値を訴求できれば、それだけコストをかけて機能を開発することもできるので、競争に勝ち残るには、関連ビジネスとの関係を整理し、戦略的にアプローチする必要が出てくる。また、プラットフォーム化するには、サービスインタフェースを整備し、メンテナンスの体制をつくる必要もある。これまでの出版社のスタッフだけでは対応できることではない。

すべてのガイドブックに共通すると思うが、旅行ガイドの場合、地域(場所)を横軸に、移動、観光、食事、買物、娯楽などを縦軸とするデータベース的な情報空間を総合的に展開し、そこにキュレーター(ツアー・ガイド、ライター、編集者)の視点を加えることでガイドブックが成立している。とはいえ、情報リテラシーで千差万別な読者を相手に、神ならぬキューターにいかに知識、コミュニケーション能力があっても、ニーズに完全に応じることはない。だからこそ、紙と印刷の制約を離れたデジタルの世界で、関連ビジネスと情報デザインにとってのチャレンジが始まるのである。(鎌田、10/30/2010)

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