出版社による電子書籍出版が大規模に行われるには、電子版著作権に関する新規契約が必要になる。そこで権利許諾期間や版権料といった項目について、出版社の提案をそのまま著者が受諾するか、交渉が行われるか、あるいは著者が別の道を選ぶかすることになる。しかし、問題はほんとうに期間や(紙と比べた)版権料だけなのであろうか。むしろこれらは、コンテンツの価値と可能性を最大化する<サービス>の問題の一部として検討されるべきではないか、とわれわれは考える。まず、問題提起から。(EB2 Magazine EDITORIAL)
出版社・著者が共通の土俵で考えるために
「2万冊の既刊書を電子書籍化する」と宣言している講談社が先月、出版している本の著者に「デジタル的利用許諾契約書」を送り、合意を求めたことに対して、池田信夫氏がキツイ批判 (10/24)を加えたことで、ブログ/Twitterでは議論に火が点いたようだが、例によって必ずしも噛み合う議論になっていない。事実認識と社会的価値が整理できないうちに感情が先行して合意が難しくなる一方で、主流となるメディアでは(そっとしておきたいのか)まったく取り上げられず、Twitterで燻ぶり続けるという最近の日本の嫌なパターンだ。
講談社の契約書案は、(1)著者に対して対象著作物の電子的利用に関する排他的な権利の許諾を求め、(2)コンテンツの管理と使用(出版)は講談社の自由とし、(3)使用の際には「当該利用によって得た金額×15%(消費税別)」を対価として支払う、というものである。権利の許諾期間は5年で自動延長あり、となっているようだ。池田氏のブログ記事は、同氏としては緻密に組みたてられたものでなく、感情のままに書き飛ばされた印象で、おまけにアゴラブックスのCMまで入っているから、出版関係者を中心にこれまた強い反論が続出したのも仕方がない。アゴラのパートナー、田代真人氏が冷静な議論を展開 (10/24-26)しているので、契約書案に対する批判としては、こちらを参照すべきだろう。
さて、案はあくまで案であって、契約は自由。電子著作権に関して、著者がすべての権利を保有していることを前提にしていることは言うまでもない。「うちが世に出した」とか「うちの編集者がかなり手伝った」とか恩着せがましいところもないし、むしろ紳士的に思える。しかし、それにしては、かなりの長期間、出版の保証もないままタダで版権を独占したい、というのだから、これが少なからぬ著者を怒らせる第一の原因になるわけだ。そもそも著者には旧作の扱いに対する独自の意向があるかも知れず、「出したくない」から「全面改訂したい」まで、反応は一様ではないと思われるのだが、意向を聞く配慮はあったのだろうか。おそらく時間的に言っても、事前に意思疎通しておくことは難しかったと思われる。
次に、15%という額が問題になる。従来の印税額は「定価×刷り部数」を対象としたものであったり、「定価×実売部数」を対象としたものであったり、出版社によってまちまちだったが、少なくとも基本となる数字は見えていた。電子の場合は版元が「当該利用によって得た金額」というのだから、小売金額から販売手数料(アップルの場合は30%)を引いた実収額となる可能性が強い。すると、1,000円の本では700円が対象になるので著者印税は105円×販売部数となるわけだ。千部売れるごとに10万円が入ってくる。増刷の場合の著者印税とあまり変わらない。田代氏が言うように、出版社からみるとこれは妥当な水準に思えるのだろう。(なお米国における印税率に関しては、EBook2.0 Forumの関連記事を参照。日本とは算定ベースが違うことが多いので注意が必要だ。)
しかし、E-Bookの場合には、そもそも印刷物の増刷コスト(販売リスク)はないわけだから、増刷の場合とほぼ同額というのでは納得できないと考える著者も少なくない。出版関係者は、印刷コストなどもともと少ない(20%程度)と言ったり、デジタル化のコストがばかにならないと言ったりして、前記15%の正当性を主張する一方、電子出版社のアゴラは50%が妥当としている。池田/田代両氏のアゴラが50%を約束している以上、著者には講談社の話を断ってアゴラから出す選択肢があることになる。105円ではなく、500円にもなるわけだ。販売能力に5倍以上の格差がない限り、金銭的には大きな魅力があるだろう。さらに、アマゾンのDTPやCreateSpace、アップルのiBookStoreなどを利用して70%を得るオプションもある。もちろん、再編集してもいいし、友人知人にプロモーションの手伝いを依頼し、Twitterやブログを使って宣伝することも可能だ。自主出版の要素を含めてもいい。
これは感情的になるべきことではなく、合理的に判断すべきことだ。著者には、刊行主体や販売手法、印税率が異なる3つ以上の選択肢が開かれている。15%はない、と思えば米国並みの30%を主張し、2年以内に出版しなければ違約金を…という条件を逆提案することもできる。たしかに出版社の経営は苦しいが、著者には出版社の苦境を無条件で救うべき義務などない。したがって、出版社はまず電子版出版の意思を明示すべきだ。出版する「可能性」に対して契約書を用意したりするのは感心できない。図書館にいくらかあればよいだけの本かも知れず、その価値判断はさっさと自分ですべきだろう。5年も未練を残すべきではない。
契約そのものに関して考えるべきことは、しかしもっとほかにある。著者はE-Bookに関して何が可能で何をしたいのか、出版社は何が出来るのか、ということである。これはコンテンツの価値と可能性を最大化する<サービス>の問題なのである。 (続く=鎌田、11/08/2010)