2010年は「元年」と言われながら、市場が立ち上がったとは言い難い。しかし、とりあえずデジタル化に向けての“意識合わせ”が進み、リーダとコンテンツが揃ってこれをビジネスにしようという“空気”が生まれたことだけは評価しすぎることがない。日本ではこれがすべての前提となるからだ。そこで2011年を予想してみた。いずれも1~3年かけて進むプロセスの最初の段階で、イベントとして特記されることはないと思うが、重要なトレンドの入口である。数字を入れていないが、これは別に検討したい。ただ2011年に関してはさして意味があるとは思えない。「結果」より中身だ。
1. 電子自主出版市場の拡大
専用端末、タブレット、スマートフォンと、デバイス環境が形成されたこと、ePUB/PDFフォーマットの扱いが容易になり、配信プラットフォームが提供されたことで商業的、非商業的コンテンツの供給が増加する。マンガやブログのブック化などが一定量に達すれば、金額以上に、供給の量と価格が市場に影響を与える。新人の育成と査読・評価という社会的機能に出版社がどう関わっていけるのかが問われることになる。
2. 出版社のWebサイト強化
オンライン書店に依存すれば、出版社は読者との直接取引が出来ず、最も重要な資源である読者プロファイルも得られないことから、出版社は自社Webサイトの充実に力を入れる。SNS、マーケティング、ショップの3つの機能を統合し、タイトルやテーマ、著者を切り口としたインタフェースによりビジターを増やすことが、ブックに限らず、すべての出版物について重要なプロモーション手段であることが明らかになる。
3. 出版ビジネスの国際化への着手
これまで言語依存性のために、国や言語によって市場が分かれてきた出版ビジネスは、デジタル化によって言語圏、文化圏の間や内部での交流が活発化することで国際化し、緩やかに統合・再編に向かう。日本の出版社や著作者も、主にエージェントを通じてコンテンツの海外マーケティングを活発化させ、海外出版社も日本でのコンテンツ発掘に力を入れる。日中韓によるアジア市場形成への取組みが始まる。
4. 海外コンテンツの日本語化
E-Bookには国境はない。翻訳本やアプリの一部は最初からデジタルコンテンツとして提供される可能性があり、ターゲットとなる端末が登場し、流通が変わることで翻訳出版ビジネスは大きな転機を迎えるだろう。出版市場の重要な部分を占めてきた翻訳本だが、印刷を必要としない限り出版社をスルーする可能性がある。絶版本を含めたデジタル復刻や新訳も活発になり、iPadなどのヒットアプリは多国語版の一環として日本語化される。
5. 専用リーダが1万円以下
技術革新と需要増により、世界市場ではE-Readerの価格は2011年末に50ドル台へと向かう。日本語環境の実装は難しくないので、専用リーダやタブレットの価格差も国際価格の+30%以内程度に収まることになるだろう。直接的な影響は、E-Bookのターゲットとしてのリーダの普及だが、それによりメーカーと出版社、オンラインストアのそれぞれでサービスとのバンドル化やニッチ市場に向けた独自機能の開発が進む。
6. E-Bookのアプリ化拡大
本のコンテンツに対して、マルチメディア、対話環境、サービス機能、インテリジェンスなどを付加する拡張型E-Bookが、最初は海外アプリの日本語化として、次いでオーサリングツールを使ったオリジナル作品あるいはガイドブックなどの実用コンテンツとして開発・提供される。これらはタブレットやスマートフォンなど、高性能ハードウェアを生かした環境で使用され、市場を形成する。
7. 少額決済基盤の形成
現在のデジタルコンテンツの決済環境は、雑誌のペイウォールや雑誌記事などのマイクロコンテンツなどの少額決済に向いていない。オンライン書店や出版社の直販が増加することから、国内・国外でさまざまな少額決済サービスが登場、普及し、利便性と手数料、インタフェース、開発容易性などを競うようになる。3年ほどで決済環境は大きく変わり、選択肢が多様化される。
8. SNSマーケティングの活発化
本は社会的なものであり、コミュニケーションの中にある。書評・紹介・推薦といった本に関するコミュニケーションは、もともとSNSと最も親和性が高く、従来の紙媒体の枠に収まらない。出版社のサイトや各種コミュニティ・サイト、さらにGoogle Editionsなど新規サービスを中心として、マーケティング・ツールとしての手法の開発と導入が進む。
9. 企業による端末/タブレット利用の拡大
出版には商業出版と企業出版があるが、後者においてもE-Readerが普及し、デジタルコンテンツの配信や拡張アプリの開発・応用が進む。カタログ、マニュアル、トレーニング教材、ディレクトリなどを中心に市場が開発される。広告代理店やビジネスの多角化を進める出版社が編集サービスを提供することにより商業出版との融合も進み、将来的に大きな市場を形成する。
10. 各種教育での応用拡大
公教育への導入は政府予算に依存するのでまだ見通しは立たない。他方で語学、ビジネス、技術、生活・文化などを中心とした民間教育領域では効率的・効果的な教育方法が求められていることから先に普及する。コース管理や個別指導、グループ学習などネットワーク環境とともにサービスと市場の開発が進む。
付録:フォーマットについて
ここでは「フォーマット戦争の行方」といった、込み入った説明が必要なことは取上げていないが、Webを使った情報共有と開発、ソーシャルネットワークといった方向の延長にあるものは、WebとE-Bookとの連携であり、何を「中間」フォーマットとするかは自ずと明らかだと思われる。Webに近いものが中間であり、ユーザーに近い環境がターゲットとなるということだ。もちろん両者の距離はePUBでは最短になるが、出版する側として何を「ターゲット」とすべきかは重視する用途や機能、ユーザーが持つデバイスによることになろう。いずれにせよ、フォーマットは将来にわたって変換可能であれば何でもよいと考えている。
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