マグロウヒル社長が注目する5つのトレンド

ブログメディアMashableの12月28日号は、McGraw-Hill Professional社のフィリップ・ラペル社長が寄稿した「出版の未来を変えるE-Bookの5つのトレンド」という記事を掲載した。マグロウヒル社は、ビジネス、科学技術、医学分野で世界有数の出版社だが、10年以上前(RocketBook)からE-Bookに戦略的に取組んでおり、業界をリードする存在だ。ラッペル社長が注目する5つの流れは、以下に要約を紹介するように、かなりユニークなものだ。

1. 拡張型E-Bookはすぐにも登場し、改良されていく

現在のE-Bookは利便性とアクセスで評価されたものだが、印刷書籍と同じくただ静的なページを表示するだけだ。しかし、動的・対話的機能を持った拡張型E-Bookはすでに完成しており、ビデオの説明を付けたり、統計学で数学的計算を実行したり、外国語の発音を聞いたり、読者の履歴を記憶したり、学習を支援したりといった機能を持ったE-Bookを、数週間以内に出荷できるよう準備を進めている。

2. デバイス戦争はほぼ終わった

KindleやNook、Sony Readerのような専用リーダ、iPad、Galaxy Tab、Androidのようなタブレット、読書に使われるようになったスマートフォンなど、消費者が混乱をきたすまでに増えてきたが、カテゴリーごとに数種だけが残ることになるだろう。多くの開発者は複数のデバイスで読めるブラウザ・ソフトを書いており、消費者はデバイスの(互換性の)ことをあまり気にしなくなり、ソフトウェアが提供するユーザー体験やデバイス間のコンテンツの可搬性、コンテンツカタログ、といったことに関心を向けている。

3. $9.99時代は長くは続かない

アマゾンはベストセラー本について$9.99という戦略的な価格設定を行って成功したが、それによって消費者の間にはE-Bookの価格は$9.99あるいはそれ以下が標準だという誤解が生まれた。現実にはアマゾンが提供するE-Bookの大半が$9.99以上であり、とくに対話的機能を持ったコンテンツは相対的に高い。マグロウヒルのような実務・技術系コンテンツではマスマーケット・タイトルのような価格は困難で、それはコストの多くがプロダクトとしてのコンテンツの改良と編集品質の向上に費やされているためだ。多くの読者は価格よりも、ユーザー体験に期待する。

4. アップセールスは注目すべきビジネスモデル

E-Bookの優れた特徴は、出版社に顧客(読者)との対話・協力の手段を提供していることだ。統計学を学んでいて一つの数式に悪戦苦闘する顧客のことを考えてみよう。友人に聞いても納得のいく答えは得られない。そこでヘルプ・ボタンを押すと、出版社のサイトにつながり、そこでは問題の数式を解説したチュートリアルが$2.99で手に入る。すると、同じ問題を抱えた何百人、何千人もの学生がこうした“E-Book内アプリ”で授業に追いついていけるようになる。これはE-Bookをコンテクストとした付加価値販売のマーケティング・モデルとなる。

5. 出版社の役割はますます重要になる

Webでは自主出版については誇大に語られているが、E-Bookにおける出版社の役割はむしろ大きい。コンテンツはどこにでも遍在し、多くは無料で利用できる。だからこそプロによって推敲され、編集されたコンテンツはプレミアムとしての価値を持つ。マグロウヒルでは、通常の技術書や参考書の製作は、編集者、コピーエディタ、校閲者、デザイナーが参加するチームによって行われる。デジタル出版でははるかに大きいユーザー/学習体験を開発・提供することが可能なので、出版社の役割は大きい。しかも、インターネット上で提供されるコンテンツの量は爆発的に増加しており、読者はそうした膨大な関連文献の集約、整理、評価を行う出版社を評価し対価を支払う。そうした専門知識とリソースを持つ出版社こそ、E-Book出版の新しいルールを創っているのだ。

付加価値を提供する21世紀型出版社へのハードルはかなり高くなる

上記の5つの見方を、たとえば本号で紹介したマーク・コーカー氏(Smashwords)の「十大予想」と合わせて読む時、一見して正反対のように思えるかもしれない。しかし、必ずしもそうではない。Smashwordsが主として扱うコンテンツは、インディーズによるフィクションであり、マグロウヒルの専門書、学術書のような高度で膨大な編集作業を要し、付加価値サービスの提供の余地の大きいコンテンツではないことを考えれば、どちらも外れてはいない。しかし、マグロウヒルのような組織的編集体制を必要とするコンテンツはそう多くはないし、しかもそのような体制をとれる出版社も多くはない。21世紀に出版社であるということはかなり厳しそうだ。

価格についても同じことが言える。マグロウヒルは専門書で10ドルは無理だ、としているが、結局は総売上(単価×部数+付加サービス)を最大化するマーケティング・モデルを突き詰めていけば、ベースとなるコンテンツは安くできるし、安いほうがいいということになるだろう。大学生の教科書が平均的に1冊100ドル以上もするというのは、出版社が儲けすぎているかどうかは別として、学生の支払い能力を超えることで社会的な損失を生んでいると言える。10ドルは無理でも、50ドル、25ドルへと下げればそれだけ市場は広がるし、章ごとの分売を可能とすることでより多くのコンテンツにアクセスできるようになる。専門書であろうと、E-Book市場では継続的な価格低下圧力が働き、傾向としては下がっていくだろう、と筆者は考えている。

アップセールス」というのは、なるべく付加価値の高い製品やサービスに誘導するマーケティング手法だが、これはE-Bookビジネスの成功の鍵を握っていると考えられる。だが、それには顧客(読者)とつながっていなければならず、読者と対話し、読者のニーズをきめ細かく掴んでいないとロスが大きくなり続かない。コーカー氏もラペル氏も「顧客第一」ということでは一致している。

筆者自身、マグロウヒル社は20年以上前に訪問したことがある。当時すでにページ組版システムやフルテキスト・データベースなどのデジタル生産インフラを社内に持っており、ハイパードキュメントの応用実験などもやっていた。それにしては、その後の進化は遅かったように思うが、ラペル社長が指摘するように、技術的にはクリアしても、それが提供される環境(デバイスのフォーマット問題)が整うまで待たねばならず、その上でユーザー体験(UX)のデザインを熟成させる必要がある。それだけに、現時点で拡張型E-Bookとサービスの準備が完了した、と自信を持って言えるのは、時間を無駄にはしてこなかったということなのだろう。2011年に注目したい。  (12/30/2010)

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  1. […] This post was mentioned on Twitter by Kana Horisawa, Hiroki Kamata. Hiroki Kamata said: 専門書出版社のマグロウヒル社のラペル社長はE-Bookの5つのトレンドに注目する。同社としては、長年取り組んできた拡 […]

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