大学生・教員向けタブレットを開発するノー(Kno)は、初代製品となる2機種の出荷を開始した。タッチ式14型(1440x900 pix)のシングルスクリーンとデュアルスクリーンの2機種があり、16GB版で前者が$599、後者が$899と、この構成ではかなり思い切った価格設定となった。教科書を販売するテキストブック・ストアも同時に展開しており、主要学術出版社の数万冊がラインナップされている。高等教育用タブレットは、たんなる教科書端末ではなく、複合的な意味を持っている。マーク・アンドリーセンという最強の支援者を得ているノーは、2011年の焦点の一つとなる可能性が強い。[全文=♥会員]
Kno=高等教育用タブレット+教科書配信サービス
Knoのベータ版がデビューしたのは2010年6月で、以来、センゲージ・ラーニング(Cengage Learning)、マグロウヒル・エデュケーション(McGraw-Hill Education)、ピアソン(Pearson)、ワイリー(Wiley)各社のテキストのデュアルスクリーン版を高等教育の現場に導入したベータテストが行われ、フィードバックを反映させる作業が行われてきた。高等教育専用タブレットは、通常のE-Readerであるほかに、ノート機能、アプリ機能、Webブラウザ、コンテンツ共有などの機能が必要で、使い勝手はユーザーである学生や教授の評価にかかっているからである。
教科書は、大学の各学科で使用されるものは一通り(数千冊)揃っている(シュプリンガー社やエルセビア社はリストにない)。教科書は1冊100ドル以上はするので、これを10冊以上揃えなければならない学生の経済的負担は大きい。Knoの提供する電子教科書は印刷版より20~50%安く提供され、また最長180日のレンタルを利用することができるものもあるので、Knoの本体価格はすぐに(標準的には3学期分で)元が取れるということをセールスポイントにしている。また30日以内は返品・払戻しが可能なのも魅力的だ。
アプリケーションは、現在のところリーダ、ノート、Webブラウザの3種しかない。ほかに開発中だが、Knoでは学生を含む外部の開発者にDevelopers Networkへの参加を呼び掛けている(マーケットも計画)。開発言語はHTML (一部HTML5)、CSSとJavaScript。OSはUbuntu Linux (32 bit)で、WebKitブラウザエンジンが利用できる。UIフレームワークは、jQueryを使用。これらはいずれも標準的でオープンな技術で、ネイティブ・アプリはサポートしていない。SDKは現在開発中でまだ公開されていないが、なければ開発が出来ないというものではない。
最強の教育ベンチャー!?
Kno(本社カリフォルニア州サンタクララ)は、「教育を変え、
人々が学ぶ方法を変えることで世界を変えたい」というミッションを立てたオスマン・ラシード (CEO=写真右)、バーブル・ハビブ(CTO=写真左下)の両氏によって、2009年に設立された。ラシードCEOは、パキスタン系でロンドンに生まれ、ガーナで育ち、米国ミネソタ大学で工学を学んだ国際派で、いくつかの起業を経験した後、教科書レンタル会社Cheggを創業した(現在でもCEO)。これは学生にとって重い経済的負担になっている教科書
購入の負担を軽くしたい、という発想から生まれたもので、これはKnoにも引き継がれている。
ハビブCTOは、プリンストン大学で半導体物理学の博士号を取得した技術者で、フィリップスやインテルでCPUの開発プロジェクトに携わった。プリンストン大学では公共政策学部のフェローとして科学技術政策に関係するほか、米国政府の核不拡散政策に関する顧問としても活躍している。Knoではもちろん開発チームを指揮している。
創業の二人は、ともに米国でも期待を集める起業家のコンビであり、支援者も幅広い。最も有名なのはネットスケープ社を創業した起業家でベンチャー・ファンド、アンドリーセン・ホロヴィッツのパートナーのマーク・アンドリーセンだろう(写真右)。アンドリーセン氏はネットスケープを100億ドルでAOLに売った後、データセンター用ソフトウェア開発のOpsware社でも成功し、HPに16億ドルで売却した。その後も1億ドルを集めてSNSサービスのNingを立ち上げている(現在会長)。Facebook、Skypeにも深く関わっており、シリコンヴァレーでも最強の人脈を有している。KnoをSNSと結びつけることも構想に入っている可能性が強い。
Knoの経営チームは、ベンチャー企業としては異例なほど強力なスタッフを擁しており、ハイテク製品の製造、データセンターの運営、開発環境の提供、ユーザーサポートといった、かなり複雑多岐にわたる業務を実行できる体制を構築している。これは資金的に安定していないとできない。CrunchBaseによれば、これまで5,540万ドル(約50億円)を調達している。
Knoの主な特徴は以下の通り。
- クラウドサービスによるデータのバックアップと同期
- Flash、JavaScript、HTML5など各種Web標準のサポート
- PDFドキュメントのアップロード
- キーボードと手書き(スタイラスとタッチ)入力機能
- テキストのハイライト、テキストのページ中への付箋の追記
- 教育アプリケーション開発のためのAPI
- 強力なマルチメディア(1080pビデオ、各種オーディオ)
- マルチタスキング
- アプリはリーダ、ノート、Webブラウザの3種でほかに開発中
- 最大6時間の電池寿命(「キャンパスで丸1日使える」)
- Wi-Fi (IEEE 802.11 b/g)、Bluetooth 2.0 + EDR
- 1年間(最長3年)の保証付、30日以内返品可
なお、高等教育用E-Book事業は、以下のような点で大きな意味を持っている。
- 工学系、経営系、金融系、医学系、デザイン系などの専門分野に直結しており、そこで必要となる高度な知識情報を処理するためのE-Reader=ワークタブレットに展開することができる。
- 大学で使い慣れたタブレットやサービスを、学生が卒業とともに捨てることはあり得ず、それ以後も(より強力な製品を)使い続ける可能性が強い。
- 大学生・教員用タブレットは、やがて高校生と教師が使用するようになり、中等教育に展開する可能性が強い。実務分野では初等教育からの上方展開に対して優位に立つことができる。
- 大学は人脈形成の中心であり、同時に新しいテクノロジー、ビジネス・アイデアが生まれる環境である。高等教育用E-Bookサービスは、その核となり得る。
要約すると、教育は最大のニッチであると同時に、メガトレンドの起点でもある。アップルのスティーブ・ジョブズ氏がiPadを出した最大の動機が大学=学生であったことはあまり注目されていないが、それはアップルがあまりに巨大になりすぎ、iPadがあまりに汎用的でありすぎるためでもある。iPadも高等教育用のプラットフォームを持っているが、KnoがiPadに勝てるとすれば、それはiPadほど有名でなく、汎用的でもないということだろう。なお、Knoの対抗製品にはEntourage Edgeなどがある。◆ (鎌田、12/23/2010)