米国の出版業界誌Publishers Weeklyは「今年の顔」として、Barnes & Noble (B&N)のレナード・リッジオ会長(写真)を選んだ(PW, 12/06)。危機に見舞われながら、なおデジタル時代の書店ビジネスを切り拓いているビジョンと戦略的経営手腕を評価してのものである。その直後の12月6日、ライバルのボーダーズ社 (Borders)の大株主ウィリアム・アックマン氏(Pershing Square Capital Management)は、ボーダーズへの出資額を引き上げた上でB&N買収=経営統合を目ざす(1株$16)ことを表明した(同, 12/06)。B&Nはこの件についてまだコメントしていない。(全文=♥会員)
B&N買収成立の可能性は低い
最初に「買収」について。投資アイテムとしては、本件は「衰退産業の大手企業の経営統合による株価刺激」と「躍進著しいE-Bookビジネスへの新規投資」という2つの性格を持っている。今年前半までの時点で、業界リーダーのB&NとBordersのどちらも業績は低迷し、デジタルビジネスの成果は出ていなかった。ロナルド・バークル氏のファンドが夏にB&Nの敵対的買収に動き、プロキシー・ファイト(委任状闘争)の結果、現経営陣が株主の信認を得て決着した。11月末に発表した四半期決算では、E-Bookビジネスの急伸によってB&Nの業績は初めて好転し、Bordersは遅れている。投資ファンドが期待するのは、もちろん両社をまとめて高値で買ってくれる巨大企業(Google、アップル・クラス)に期待してのことだ。しかし、実現性は低い。
- 第1に、提案額が$16というのは、6日現在の株価($14.69)に近く、誰も相手にしない数字だ。この1年は$12~24と変動が激しかったが、ほとんどの株主は最低$20以上で売るか、それとも持ち続けるかを考える。提示額は常識とはかけ離れている。
- 第2に、PWの表彰が示すように、リッジオ氏は出版社など業界から高い評価を得ており、彼が抜擢した39歳のウィリアム・リンチCEOの積極的なデジタル戦略は、書店の減収を抑え、Nookを軌道に乗せることに成功した。2011年への期待値も十分ある。
- 第3に、Bordersとの統合によるメリットがほとんど見えない。「経営効率化」どころか、買収-転売-新体制で、デジタル化推進において莫大な機会損失を生じることは確実である。少なくともB&Nに関する限り、現経営陣にカネを預けたほうが賢明に思える。
それでもこの時期、アックマン氏(=写真左)のパーシング・ファンドが「B&N買収資金」を名目にBordersへの出資増額を申し出たというのは、決算発表を控えたBordersの株価テコ入れでなければ、"B&B”を巨額M&A案件として本気で考えたということなのかも知れない。いずれにせよ、これは「衰退産業の大手企業の経営統合」などではないということだ。
デジタルの上げ潮を掴みかけたB&N、さらに実書店復活を目ざす
B&Nは11月30日、2011年度第2四半期(8-10月)のの売上が19億ドルとなったと発表した。別会社だったカレッジ部門(Barned & Noble College)を統合した影響(約8億ドル)を除けば前年比1%増でしかないが、既存店の減収(3.3%)をデジタル部門の(+59%)、玩具・ゲーム部門(+42%)が補って多少のお釣りを出したことの意味は大きい。EBITDAはわずか4,600万ドルだが、デジタルと子供を柱とする戦略が機能し始めたということだ。
去年の年末商戦を外したNookの立ち上がりは遅れたが、今年はカラー版(NOOKcolor, $249)を出し、カラー・タブレット式リーダという新しいカテゴリーをリードする立場となった。Colorは価格・使い勝手ともにかなりの高評価を得て、クリスマス商戦の目玉となった。また書店でのNOOK Boutiquesの展開は、Nookを店舗の収益源とすることに成功しつつある。リンチ社長はNOOKプラットフォームのブランド化を推進しており、NOOKnewsstand(新聞・雑誌)、NOOKkids(児童)、NOOKstudy(学生)を立ち上げた。自主出版支援のPubIt!はアマゾンの後を追うものだが、旺盛な企画力と実行力は、従来の書店業界では期待できないものだった。
しかし、事実上の創業者であるリッジオ会長も、出版のイノベーションで頭角を現した立志伝中の人物だ。1960年代はペーパーバックの登場で読者層が拡大し、本のマスマーケットが生まれた時で、米国出版界には大きな変動があったが、リッジオ会長は本のスーパーストアのチェーン化というビジネスモデルを考案し、実行した。B&Nのストアはコミュニティ・センターとしても機能しているが、同氏ほど本を通した「人と人の出会い」を重視する経営者は多くない。芸術・教育・公正を基本とする社会活動でも知られている。出版という文化産業の名士であり、尊敬される存在だったリッジオ氏は、インターネットという(ペーパーバックなどとは比較にならない)津波を経験することになった。しかし、彼はこの津波も乗りこなす自信を持っている。4万5,000人が働くストアとともに。
インターネットの影響は10年以上前から表れ始めていた、とリッジオ会長はPW誌のインタビューに答えて語っている。無料コンテンツの激増は、まず料理、旅行、参考書、実用書などロングセラーの在庫本を直撃したが、E-Bookが登場するようになって、その影響が新刊本にまで拡大してきた。印刷書籍の衰退は構造的なものだが、E-Bookは無料のWeb情報への対抗として有効だし、アマゾンなどのデジタルコンテンツ販売に対抗するには、自ら販売するしかない。B&N.comからNookへの拡大は必然的なものだったが、ストアの全国ネットワークを持つ同社の場合は、独自のビジネスモデルを開発する必要があった。Nookを含めたデジタル・プラットフォームの構築は、その後の展開からみて、かなり精密に計画され、慎重に進められたことがわかる。オンラインビジネスは、立ち上げた後での失敗の修正があまり効かない世界だからだ。
Nookモデルは、アマゾンとかなり共通するが、(1)書店で端末を販売し、コンテンツのプロモーションも行う、(2)書店員をキュレータとして育てる、(3)CD/DVDに替えて玩具・教育ゲーム売場を新設する、といった新しい“書店体験”を通じたビジネス機会の開拓という点で異なる。出版界が何より評価するのは、B&NがITを活用する多くの独創的アイデアを実現してきたことだ。NOOKcolorは、雑誌と児童書・教育ゲームというiPadと競合する市場に進出したものだが、出版社や教育者、メディアの共感と支持を獲得するのに成功した。出版社は、AA(Apple, Amazon)に対抗する力をBB (B&N, Borders)が持つようになることを期待しているが、B&Nは現在それに最も近いところに位置する。
書店を本の文化と作用の最重要な要素の一つと考えるならば、リアルな書店の喪失は継承すべき文化の一部が永久に失われることを意味する。「本が好き。本を売るのが好き」というリッジオ会長は、出版界全体の希望の星と言っても過言ではない。「出版界が大きな変動に見舞われているさ中にあって、レンはビジネスと文化の両方で特別な存在であり続けている。出版人として愛書家として、彼のビジョンと業績には深い敬意を覚えずにいられない。」とランダムハウスのドール会長が賛辞を述べれば、「レンは印刷とデジタルの統合を本気で考えている唯一の人間だ」とサイモン&シュスターのレイディCEOも語る。出版界と愛書家の支持と期待こそがB&Nのブランド力であり、巨大な潜在的資産であると言えよう。◆ (鎌田、12/07/2010)
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