米国出版協会(AAP)は12月8日、2010年10月の出荷統計(卸販売額)を発表した。全体で0.9%減の7億2,100万ドルだが、1~10月の通算では3.4%増と、まずまずの基調だ。E-Book販売は前年同月の1,920万ドルから112.4%増加して4,070万ドル。10ヵ月間では、前年同期の1.7億ドルから171.3%増の3億4,530万ドルに達した(構成比8.7%)。E-Bookの数字は9月の3,990万ドルとほぼ同水準で、7月以降、4,000万ドル前後という水準を大きく超えることがない。これをどう考えるかは消費者(読者)についての構造的な考察を要する。本誌は、初期の急成長期から次のステージの移行の兆候ではないかと考えている。
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「横ばい」か「足踏み」か:月間販売の停滞は何を語る
比較上、印刷書籍の数字も一通りみていこう。成年向けハードカバーは6.5%ダウンして2億4290万ドル。10月までの通算でも7.7%ダウンとなった。ペーパーバックの落ち込みはさらに大きく、11.8%(1億1,500万ドル)。通算では横ばい。量販本は1.1%減(6,020万ドル)で通算14.3%減。学齢以下の児童書のハードカバーは13.9%増(1億ドル)だが、通算では11.1%減。ペーパーバックは、10月度3.3%(5,090万ドル)、通算6.5%の減少。デジタル・オーディオブックは20.7%増(630万ドル)で、通算でも38.6%増だが、物理媒体のものは、それぞれ20.5%減(1,470万ドル)、13.5%減と、デジタルへの移行が進んでいる。市場が大きい小学生~高校生向け図書は10.8%減(1億5,430万ドル)だが、通算ではまだ3.8%増(33億ドル)とプラスを保っている。高等教育向けで、12.0%増(2,250万ドル)。通算でも10.6%増加した。
この4ヵ月続いているE-Bookの売上を「高原状態」というか「足踏み状態」というか分かれるところだと思われる。統計は2ヵ月遅れで出されるが、可能性としては高くないが、11-12月の数字が高い期待を下回ることがあれば、過去3年あまり続いてきた急成長が終わり、安定成長に移行するということもあり得るだろう。以下、このE-Book先進市場の構造から検討してみたい。
米国市場の構造とアマゾン、アップルの戦略的アプローチ
本の市場はもともとかなり偏っている。米国では、(a)本を読むことを習慣とする人、(b)比較的良く読む人と、(c)たまにしか読まない人、(d)めったに本を読まない人とに分けると、ごく大ざっぱに言えば、10%、20%、50%、20%といった分布となる。ベストセラーは50%層に届いた例外的なものということだ。アマゾンのKindleはコアの読書層(非ガジェット愛好層)にアピールし、誰も予想しなかったほどの成功を収めた。この市場に関する限り、相対的に高所得なので印刷本の売上にも影響しない。アマゾンは最もおいしい市場を識別し、正確にアプローチするデータを持っている。しかし、それは(b)層以降では効率が落ちるし、(a)層でも普及が一巡した後は成長速度が鈍化する。とくに中所得層以下では購買力に限りがあるので価格に敏感だ。アマゾンが低価格を推進したいのは、(b)層、(c)層に本を読む習慣をつけさせるためだ。
アップルは読書層での競合を避け、同時にガジェット愛好層に依拠することも拒否して「家庭と学校(子供と学生)」という将来性のある市場に根づこうとしている。これはユニークで大胆な発想だが、本をあまり読まない、本来のアップル支持層を戸惑わせ、当面のコンテンツ売上は犠牲になっている。iPadは、本よりWebから情報を得る多数派から普及しているからだ。iPadユーザーの3分の1はE-Bookをまったく読んでいない。
以上を図式化すれば、(a)をベースに(b)にまで届いた正攻法のアマゾンと、本の市場と関係なく広汎に普及した汎用メディアタブレットの上で新しい市場カテゴリーを定義しつつあるアップルという対比になると思われる。最も効率のよいマーケティングで急成長の果実をほぼ独占したアマゾンは、すでに第2ステージに注目し、それを惜しみなく次の段階のサービス(たとえばオンデマンド印刷)に投資している。アップルはデバイスとしてのiPadの成功を、コンテンツメディアとしての(前人未到の)成功に結びつけようとしている。ベゾスとジョブズの両氏は、俗人が一喜一憂する「ブーム」を超えたものを視ているのだ。
米国では次のステージが始まる
急成長はいずれ終わり、次のステージが始まる。急成長期になすべきことは、次のステージを準備することだ。急成長期の終わりとともに淘汰が始まり、技術、サービス、企業が選別される。今年、米国ではE-Bookが出版市場に占める割合が10%あまりに達した。年率100%を超える成長が減速したとしても、来年は15%に達するだろう。そして後半からは新しいステージが姿を見せ始め、2012年後半に次の急成長が始まる。たんなるコンテンツの供給というだけでは、そのステージに残れる可能性は少ない。
イノベーションが起こりやすい環境である米国の成長モデルが、欧州やアジアなどでそのまま追体験されることはないが、書籍の電子化とデジタル読書の普及、デジタル化されたコンテンツをベースにした本の拡張、といったメタレベルの変化は普遍的に起こることだ。スタートが遅れた欧州は2011年に急成長期が始まる。中国では国策でこの成長モデルを管理しようとしているが、いずれにせよ米国を凌ぐ市場となることは間違いない。◆ (鎌田、12/09/2010)
〔註〕なおAAPの数字は、この団体に加盟する大手12~15社の卸出荷額である(本誌10月17日号の記事を参照)。もちろん出版社はほかにもいるし、これを米国のE-Book市場の数字としてそのまま使っている日本の調査会社が散見されるが、そう考えると見方を誤ることになる。カウントされない出版社の分と小売を含めた実際の米国市場は推計でしか出ないが、フォレスター社などの米国の調査会社は、AAP統計のほぼ倍とみている。
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