米国出版社のマーケティング志向(♥)

創業200年を超え、英米の近代出版/技術史に名を刻んでいる名門出版社、トーマス・ネルソン出版(テネシー州ナッシュビル、TNP)のマイケル・ハイアットCEOが、2011年のデジタル出版のトレンドを、自身のブログで6点にまとめている。TNPはクリスチャン系の老舗出版社だが、彼の注目するトレンドはすべてマーケティングに関するもので、今年の米国出版界での論点を反映している。なおTNPは一時期(1960-2006)トムソン社のグループに属していたが、2006年に非上場企業となり、ブランドも統一している。

E-Bookマーケティングの6つのトレンド

1. バンドリング(セット割引)

TNPを含め、バンドリングを試験的に導入した出版社は少なくないが、早ければ今年には結果を出すだろう。大手オンラインストアは様々なタイプのバンドリング・セットを提供する可能性が強い。それには、(1)同じコンテンツのE-Bookと印刷本のセット、(2)同じ著者による全冊セットないし人気作のセット、(3)同じトピックの数冊セット、などが含まれる。

2. ソーシャル・リーディング

すでにコンセプトデモが登場しているが、今年は広く普及していく。たとえば、12名程度のディスカッション・グループが、互いのハイライト箇所、コメント、疑問を共有し、討論するスタイルのものだ。これはグループ・ミーティングに先立って行われたり、その台用になったりする。

3. E-Bookクラブ

コンテンツは十分に供給されており、足りないのは顧客(読者)。一人の編集者、あるいはそのパネルが、最良の読者を引っ張って来れる。すべて電子的に行われるので、受け取る本の数や頻度は会員が選択できる。ストアはE-Bookのセットを提供し、メンバーはその中から一定数を会員割引で購入することになるものだ。

4. 最初からE-Book

これもすでにめずらしくはないが、広がることは間違いない。クリスマスの翌週に最もよく売れた50冊中19冊で、E-Bookが上回った。出版社にとっては印刷版のリスクをコントロールするためのテスト販売の意味があり、印刷本は印刷本を好む(数的になお大きい)消費者層に向けた商品として使う。

5. 無料リーダ

オンラインストアは、コンテンツをまとめて購入してくれる消費者、あるいはブッククラブへの入会者に無償提供することが出来る。もちろん、電子読書に躊躇する人を動かすために大幅値引きする手もある。専用リーダは安全剃刀と替刃のようになるだろう。

6. 収益モデルの実験

コンテンツの収益モデルの開発も進む。それには(1)インブック広告、(2)フリーミアム、(3)スポンサーリンク、(4)購読制、(5)何冊でも定額、といった形が含まれるだろう。これらを提供できるインフラはすでに存在しており、あとは試してみるだけだ。

1年で激変した出版関係者の意識

昨年の今頃、米国の出版社はなおE-Bookの影に脅え、どうやって印刷書籍への悪影響を回避するかで悩んでいた。価格体系の維持が関心のすべてであり、アマゾンの「$9.99」との戦いにだけ本気なように見えた。「E-Bookファースト」とか「E-Bookクラブ」、「無料リーダ」といった言葉が、自然と出版関係者から聞けるようになったことに驚くが、時代の変化は徐々にではなく、短期集中して起こるということなのだろう。ここで紹介されたマーケティング手法は、もちろん普遍的に妥当するような性格のものではなく、(1)出版社、(2)著者、(3)書籍、(4)読者、(5)時期、期間、(6)価格帯など、(7)セットの構成など、無数の変数がある。どれがどの程度効いているかを知るには、データを解析してパターンを導出したり、逆に最適と思えるモデルをマーケティングに適用して結果(経過)をみて改良していくといった、工学的アプローチが必要になる。今年中には一通りのことが試され、一部は(比較的オープンな)出版関係者から発表されることになる。

トーマス・ネルソン社はスコットランドのエジンバラで創業し、3代目のトーマス・ネルソン・ジュニアは、出版における生産性の革命をもたらした両面輪転機の発明者として知られている。グーテンベルク以来の技術革新だったが、「神の言葉を広める」ことだけを考えていた彼は敢えて特許を申請せず、おかげで輪転機は急速に世界に広がった。この偉大な伝統を継ぐ同社がデジタル時代の到来を歓迎しているのは、むしろ当然かもしれない。ハイヤット氏のブログは、最後に「読書の将来に関して、私はかつてないほど楽観的になっており、現在ほど出版ビジネスにいることに充実感が得られる時代はない」と述べて締めくくっている。この記事には100件以上のコメントが寄せられており、関心の高さが窺える。 (01/17/2011)

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