米国出版社の過剰な楽観主義とリスク (♥)

米国の大手出版社の幹部は、急速に進行するデジタル化を恐れていない、それどころか大きな成長機会であると確信している。4年以内に E-Bookが総出荷額の半分に達すると見ているのも (日本の感覚からすると) 驚異的なもの。 つまり数年間は現在の急成長が継続し、印刷書籍売上の「やや減」をカバーして、全体としてふた桁成長を考えていることになる。米国出版界の「空気」が一変したとは感じていたが、昨年の最終四半期を待たずにこうした見解を持っていたことも驚きだ。基本的にすべての刊行物をデジタル化する計画を持っているものと見られる。この楽観主義は正しいだろうか。[全文=会員]

4年でデジタルが主流になることの意味

アマゾン、アップル、Google (以下AAG)という巨大企業が流通を支配する(現在はアマゾンが80%を押える)状態でEBookが市場の半分を占めるということは何を意味するか。DBW2011で講演したアナリストによれば、アマゾンのシェアは、利益を犠牲にしたマーケティング戦略の結果である。ゴールドマン・サックス社のマシュー・ファスラー氏によると、アマゾンは本来E-Bookで得られるはずの利益を放棄し、すべてを独占的シェアの維持に回しているという。印刷書籍販売における15%のシェアで得られる利益、そして他の通販ビジネスの収益もこれに充てているというのだ。仮に2015年の段階でアマゾンのシェアが50%を超えていたとすれば、紙と合わせて書籍市場全体の40%あまりをコントロールすることになる。これは現在の80%とは意味が違う。そして、仮にそうなれば、アマゾンは収益を重視する段階に移行し、様々な収益モデルを展開していくだろう。それには以下のようなことが含まれると思われる。

  • 著者との直接契約(有名著者、無名・新人)の強化による中抜き
  • 広告モデルの導入と無料書籍の提供
  • 購読、割引、バンドリングなどのキャンペーン販売

直接取引はすでに始めているし、自主出版の著者や出版者を誘引することで実質的な出版社(あるいはメタ出版社)としての地位を固めつつある。市場が安定期に入り、シェアが容易に動かし難いものになってくれば、利益重視に転換するが、その際メタ出版社兼広告代理店としてのアマゾンは、従来のバリューチェーンをおそらく徐々に修正していく。出版社の位置はかなり微妙になることは間違いない。

ランダムハウス社のデジタル部門担当副社長を辞し、携帯電話大手のノキアに移籍したマット・シャッツ氏によれば、出版社に勝ち目がないわけではないが、おそらく限られた時間の間に有効な戦略を見出すことは難しいだろうという。出版社は当面の高成長に安住することなく、積極的なインフラ投資、提携戦略、グローバルなM&Aなどを進めて生き残りを確実にするしかない。出版社にとって、AAGは多くの消費者に本を売ってくれる重要なパートナーである。数年間は自社の利益を犠牲にしても多くの利益を出版社に還元してくれる。しかしいつまでも、というわけにはいかない。熊とダンスを踊るつもりでいないとしだいに存在を薄めていくだろう。

アプリに手を出すか控えるか

アプリについての見解は分かれているが、これは扱っている出版物、対照読者などによって違ってくると思う。フィクションのアプリ化はまだ実験段階であり、リスクが大きい。他方で教育関係など方法が確立しているものについては、タブレットが提供する環境さえ整えばほとんど問題はない。音楽系など、もともと動画、音源と関係の深いものは、ユーザーのニーズは高いが、権利関係が複雑なために、出版社が直接扱うには簡単でないと思われる。むしろ音楽レーベルがDVDコンテンツの延長として手掛ける方が自然かもしれない。

アプリの普及は、E-Bookにおけるタブレットの利用とも密接な関係がある。アプリを使わないならばiPadのような高機能タブレットの必要性は薄いからだ。専用リーダとタブレットの米国での普及台数はともに1,000万台。前者は3年で、後者はわずか9ヵ月でこの水準に到達した。勢いは違うが、読書端末として考えれば前者の優勢は変わらない。静止的コンテンツなら専用端末、動的コンテンツならタブレットという棲み分けで、静的なコンテンツが優勢な限り専用端末の優位は変わらないだろう。

アプリは、コンテンツソフトウェアサービスという3つの側面があり、出版社はソフトウェア企業のような開発環境を持ったプロデューサー的機能を果たすことになる。そのためには、配信プラットフォーム/デバイスからの独立性を必要とし、またユーザー管理を伴うアプリケーションを持つことによって出版社の独立性は高まるだろう。出版社はアプリの開発戦略を持たなければ、変化する開発環境と技術をコントロールすることができず、膨大な開発費負担を迫られる。米国の出版社は、ページ製作とワークフロー、データ管理に関しては進んでいるが、動的なページ、アプリケーションの開発には、編集者の再トレーニングが不可欠で、前述の調査からも、経営者がそれを意識していることがうかがえる。しかし、それだけでは足りず、IT業界、ゲーム業界で出版アプリに関連するサービスが発達してくると思われる。

デジタル時代に、出版ビジネスが斜陽どころか成長産業になることが、2010年の米国で初めて認識された。これからますます巨額な資金が流入し、ベンチャー起業家が旺盛な活動を繰り広げる。出版社にはそうした環境を利用することが出来るし、一部はAAGに呑み込まれない体制をつくるだろう。しかし全部がデジタル仕様に移行することはない。 (鎌田、01/27/2011)

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