ビジネスモデル形成を待つ“iPad雑誌”(♥)

鳴り物入りで登場したiPad雑誌が停滞している。ユーザビリティが悪いということも確かだが、雑誌出版社とアップルの間で読者情報をめぐる対立が生じて膠着状態に陥っているためだ。読者情報こそ広告メディアとしての雑誌ビジネスの基本であり、経済価値はそこから生じる。ではiPad雑誌は離陸することができるか? 出版社にやさしいNOOKcolorタブレットとNOOKnewsstandの成功、そして2月2日にスタートしたニューズ社の“日刊iPad”(The Daily)が、打開へのヒントを提供していると思われる。[全文=会員]

iPad破竹の進撃の陰で、痩せ細るiPad雑誌

B&Nの定期刊行物配信サービスNOOKnewsstandが予想を超えた売れ行きを示している。同社によればNOOKcolorの発売とともに短期間で購読が急伸し、65万に達したという。他方で、iPadの雑誌アプリ売上は過去5ヵ月間細り続けている。iPad (iBooks)と対比できるタブレットが登場したことで、問題の本質がしだいに明確になってきた。iPad雑誌の不振の主要な原因は、書籍とまったく異なる雑誌のビジネスモデルが、iPadでは成り立たないということなのである。

雑誌が誘引する広告をめぐる戦いと見ることもできる。コンテンツ配信プラットフォーム/オンラインストアは、ユーザーに関する膨大な情報が集まるが、その広告価値は雑誌の広告で得られるものとは比較にならない。読者のプロファイルや購入履歴はもちろん、個々の読者がどの記事をどう読み、広告に対してどう反応したか、ブログやTwitterなどで何を言ったかまで、かなりの程度紐づけて把握できる。これまでのマーケティングではあり得なかったもので、これを握れば史上最強の広告ビジネスができることになる。

雑誌出版社が譲れないのは、これらの情報をプラットフォーム側に委ねることである。純粋に商業的にみれば、雑誌のコンテンツは広告まで読者を誘導する手段という性格を持っている。プラットフォームとしては、雑誌にコンテンツを販売してもらい、手数料を得た上で、情報はすべて蓄積することを考える。情報とそこから生じる価値には、次のようなものがある。

  1. 雑誌としてこれまで行ってきた定期購読者管理情報
  2. オンライン・リーディングで蓄積する読者の活動情報
  3. 広告主との取引関係
  4. 広告アプリの開発情報

プラットフォーム側は、A誌の読者にB誌を勧めることも可能だし、雑誌社にしても、C化粧品の広告と関連記事を見た読者にアクセスしたいD化粧品から広告の発注を得ることもできる。複雑な利益の相反状態が生じる可能性は高い。不公正と判断される可能性のあるグレーゾーンが生まれることで、結果的に独禁法や不正競争防止法上の難題になる可能性は高いので、いずれ行政当局も巻き込まれざるを得ないが(兼業禁止やデータの集中排除など)、現在は当事者のどちらも譲れない、譲りたくない。

膠着状態はどう打開されるか

したがって現在iPadでは、雑誌を定期刊行物としてではなく、書籍と同じ単発コンテンツとして扱っている状態だ。iPadは電子雑誌を読むのに適したデバイスだが、アップルはiTunesで販売されるiOSアプリに関して厳しい制約を課しており、そのままでは電子版を出す意味がない。印刷版購読者へ無償提供しようという試みも拒否された(これはEUの独禁法規制との関係で調査されている)。B&NのNOOKnewsstandが年間購読を受けつけていることは、出版社を納得させる条件を提示したことを意味するし、アップル、Googleと違って広告ビジネスに関係していないB&Nは、雑誌出版社としてもより好ましいパートナーと言える。

B&Nが扱う電子雑誌(NOOKmagazine)は、年間購読と単品(1号)売りの両方を受付けており、たとえばハースト社の月刊誌Cosmopolitanの場合、単品で$3.99、年間購読では$1.99(毎月引落し)となっている。1年で$23.88。ちなみに印刷版は1年$15、2年$28、3年$36と逓減していくしくみだ。コンデ・ナスト社のVanity Fairは、単品$4.99、年間では$2.99/月、$35.88/年。印刷版は年間定価$59.88をB&N特価$15.00で売っている。アップルiOSアプリは単品のみ。読者にとっても出版社にとっても、NOOKnewsstandのほうがいい。

定期購読が極端に割安(あるいは単品が割高)になるのは、もちろん前者の場合は広告において重要になる読者プロファイルが入手できるからだ。定期購読者を一人獲得するために、出版社はDMや景品などで一人当たり150-200ドルもかけている。部数によっては無料にしてもいいくらいだ。広告主は定常的な消費者を評価しており、特集によって売れ行きが異なる、店頭販売の単品読者の価値は定期購読者より低くなる。広告中心を購読中心に変えることは、ほとんどの大型誌について不可能で、したがって電子版で出版社が直接定期購読者を確保できなければ、電子版の価値は拡販用のサンプルか、印刷版定期購読者へのサービスといった程度の意味しか持たない。B&NやGoogleなどのライバルが登場した段階で、アップルとしても妥協点を見出す努力をしているものと思われる。

本、新聞、雑誌、Webの境界を超えたiPad専用メディアの登場

そうした点で、2月2日にルパート・マードック氏のニューズ社が打ち上げたiPad専用メディアのThe Dailyは、ひとつの方向性を示すものかもしれない。これは日刊ということでは「電子新聞」と理解されるかもしれないが、本質的に新聞と雑誌、Webの境界を超えた新しい「iPadメディア」だ。詳細はチェックしていないが、雑誌(E-Book)のようなダウンロード型でなく、ニュースサイトに近いものと思われる。

The DailyのアプリはApp Storeで週$0.99、年間$3.99と格安で販売される。購読者が100万人になっても年間で数億円にしかならないから、「良質なジャーナリズムは無料というわけにはいかない」というマードック氏としても、事実上広告だけで成立つメディアということになる。ともに独裁者をトップとするアップルとニューズ社は、上述した情報と広告収入の配分について合意したことは間違いない。だからこそ既存のメディアではなく、新創刊のiPad専用メディアを実験することになったのだろう。

マードック氏はニューヨークでの発表記者会見で「iPadは我々に、紙面作りを一から再考することを求めている」と語った。これは既存雑誌のデジタル化のやり方が間違っていたことを指摘したものと思われる。新聞と雑誌、日刊と週刊・月刊といった紙媒体の区分をそのままiPadやタブレットに持ち込んでも、ビジネス的に有効なフォーマットを生み出せないという認識は、いま静かに広がっている。数100メガの巨大なファイルは過渡期の産物だったのかもしれない。

アップルとニューズ社の合意内容は、いずれ他の雑誌出版社や新聞との合意のベースになる可能性が強い。iPad独占の場合はそのまま。マルチ・プラットフォームの場合は修正して。おそらくタブレット雑誌が本格的にビジネスになるのは、The Dailyのケースが何らかのモデルとなることが証明されて以降だと思われる。 (鎌田、02/03/2011)

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