S.キング次作にみる新刊マーケティング(♥)

早くも今年の出版界最大の話題になると言われている“ホラーの帝王”スティーブン・キングの新作『11/22/63』の予約(発売は11月8日)が開始された(Guardian, 3/8)。ヒット間違いなしの「ケネディ暗殺もの」を、記念日を前に発売するという、サイモン&シュスター(英国ではホッダー社)としてはあざといまでの手口だが、現時点での新刊マーケティングの傾向を知る上で大いに参考になると思われる。また印刷本とE-Bookの比率、書店のシェア、図書館の回転率、販売の世界的分布を知る上でも格好のケースとなる。[全文=会員]

作者、出版社、書店がそれぞれ8ヵ月先の“ベストセラー”を販促

本作は、主人公のアメリカ東部の片田舎の高校英語教師ジェイク・エピング(35)が、友人で食堂経営者のアルとともに、1958年にタイムトリップし、最愛の人となる図書館司書サンディとともにケネディ暗殺を阻止しようと奮闘するが…という「歴史たられば小説」。プレスリー、ダンスパーティ、大型車。若者がルール破りの喜びに浸っていた1960年前後を描き、キング版アメリカン・グラフィティの要素も加えて千ページもの大作となっている。アドバンス(印税前渡金は数百万ドルにはなるだろう)。

マーケティング方法として興味深いのは、まず何といっても刊行8ヵ月も前に宣伝はもちろん予約販売すら開始していることだ。日本では新刊情報は(全集企画でもない限り)直前まで知らされないのが「業界の常識」となっている。他社に類似企画をぶつけられるのを嫌うためらしいが、販促期間と販売期間を短期に集中することによる機会損失は膨大であろうと推定される。予告広告を打つメリットは、消費者の認知と期待の醸成を早期に行えることで、それによって話題が話題を呼び、発売時のマス広告の量と内容を最適化することができる。先に情報を出すことが他社の対抗企画への積極的対策にもなるだろう。SNSが発達したことで、事前告知・予約の効果は大きくなっている。

第2に、このプロモーションには作家と出版社、書店の三者が関わっている。キング氏は自身のブログで継続的に情報発信をしており、ファンや多くの出版関係者がフォローしている。広告ビジネス的に言えば高い媒体価値を持っていることになる。しかもこのブログは今後も随時本作に関する情報を継続的に発信し、反響をウォッチする。おそらく期待を高めるために、情報を小出しにする手法がとられるだろう。出版社もそれをサポートするだけではなく、11/22/63(ケネディ暗殺事件の日)への話題を盛り上げ、この事件を題材にしたフィクションやノンフィクションの既刊本を合わせて販売する大きな機会を得ることになる。比較的名の知れたのだけでも数十冊は下らない一大テーマだから、すでに存在する大きな市場が活性化される。他社も便乗することで、話題はさらに大きくなる。キングという切り札によって、S&Sはこのプロジェクトが創りだすコミュニケーションを主導することができる。そして書店は予約販売のキャンペーンをWebで行い、ポスターを店頭に出す。

第3に、最も重要な販売手法だ。先週始まった予約は、アマゾンB&Nの大手2社とGoogleがサポートする独立系書店ネット(Indie Bound)で受け付けている。Indie Boundについては別に取上げたいが、これはGoogleが米国書店協会(ABA)の協力を得て昨年12月6日に立上げた、Google eBooksを販売する書店への会員制サービスで、このアライアンスに加盟・登録することで地元消費者からの注文を受けることができる。消費者のメリットは地元書店が生き残るのを助けるということだが、Googleの戦略と一体のこのプロジェクトがどこまで有効かは、デジタル時代の書店を考える上で大きな意味を持つ。その意味で、キングの新作の販売でどこまで食い込めるかは試金石にもなる。[全文=会員]

エージェンシー価格:ハードカバーは安く、E-Bookは安くない

アマゾン、B&N、そしてインディーズ(Google eBooks)の予約価格をチェックしてみると、以下のようになっている。

アマゾン:定価$35、特価$19.05($25以上は送料無料、発売日配達オプション付)。この価格は「時価」である。つまり、17.5ドルの卸値で購入し、1.5ドル以下の利益を見込んでいるが、おそらく発売時点には利益を削ってでも下げてくる(予約者には最低価格を保証している)。Kindle価格は提示されていない。
B&N:特価$19.05($25以上は送料無料、発売日配達オプション付)。Nookbook(電子版)は$16.99。
インディーズ:いくつかの書店を見たが、35ドルの定価で堂々と販売している。地元書店を支援するのも安くはないということか。

さて、すでにE-Book価格を表示しているのはB&Nだけだが、これはどれも変わりはないだろう。出版社が小売定価を指定するエージェンシー価格で販売されているからだ。だからB&Nの16.99ドルはアマゾンでも同じで、おそらく印刷本と同等かむしろ高くなる可能性がある。ちなみにキングものでは、昨年11月9日に出た"Full Dark, No Star"は、HC定価$27.99、アマゾン価格$15.08、同時発売のKindle版は$15.82、今年9月発売予定のペーパーバック$9.99となっていて、E-Bookが最も高くなっている。この作品は電子版も相当売れているので、在庫、配本不要のこの商品により、出版社はベストセラーに付き物の過剰在庫リスクを回避しつつ大きな利益を得たことになる。この本の場合、今年9月のペーパーバック版発売までに$9.99以下に下がることになるだろう。E-Bookの価格が17ドルをシーリングとしているのは、アップルがiBookstoreでそう要求しているからだ。

エージェンシー価格制は、確かにアマゾンのシェアを抑制する作用をしているし、地場書店もオンライン/E-Book販売に参加する余地を与えている。問題はこれがメーカーによる小売価格の統制を禁じている独禁法に違反していることだ。当局の調査とともに、そちらの攻防も激しくなるだろう。(鎌田、03/08/2011)

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