アメリカのニューイングランド地方を拠点とする地方銀行が当座預金口座(残高25ドル以上)の顧客に無料Kindleをプレゼントするキャンペーンを始めた。こうした銀行は昨年あたりから目立ってきている。またKindleに3Gサービスを提供するAT&Tは、近々Kindleの3Gモデルの販売を始める(価格は他と同じ)。こうした提携関係の拡大は、E-Reader/E-Bookのビジネスモデルのイノベーションをさらに一歩先に進める可能性を高めている。ずばり「無料Kindle」である。[全文=♥会員]
銀行の口座開設の景品としては、アメリカではなぜかトースターがよく使われている。毎日使うもので、安っぽくなく、デザイン性もあり、使わなければ人にプレゼントしても喜ばれる、といったところが理由と思われる。Kindleの場合は、E-Bookの購入決済にもリンクできる。ちなみに各種支払い用に小切手を使う米国の当座預金では一定額(通常1,000ドル以上)の残高を維持する必要があるので、100ドル以上のインセンティブはめずらしくない。Kindleは多くの銀行が最も重視する中流以上に人気のある商品なので、これからも「採用」が続くだろう。
アマゾンの「価格法則」でなんらかの無料化は時間の問題
では2009年2月のKindle 2の350ドルから、昨年秋のWi-Fi版の139ドルまで下落を続けてきたKindleの価格はどこまで下がるだろうか。最近ではついに「無料化」の予測も出始めた。WIREDの共同創立者ケヴィン・ケリー氏は2月25日のブログ(Technium)で「年末までに」無料化の可能性があると予測した。つまり年末のホリデーシーズン前に無料Kindleをぶつけるという見方だ。専門ブロガーのジョン・ウォーケンバック氏は、早くも09年10月にKindle価格の低下の“法則性”を発見し、「11年11月」を予想している。昨年10月にベゾスCEOと会ったケリー氏がこの説について聞いたところ、笑って「あ、知ってたんだ!」と言い、さらに笑い続けたらしい。これはどういう笑いか?
「無料」はロスリーダー戦略の一つで、それを囮にして別の商品やサービスを買ってもらうために使われる。一般的なのは「携帯電話モデル」だ。2年契約で無料というスタイル。AT&Tも最近Kindleの販売を始めたが、価格モデルに注目したいところだ。Kindleの無料化は、常識的には一定のKindle書籍の購入が条件になるだろう。たとえば年間10冊(100ドル)購入で無料、といった具合だ。Kindleはかなりの確度でアマゾンに持続的な現金収入をもたらしてくれる。
また、TechCrunchのマイケル・アリントン氏はすでに1年前に「アマゾンの得意客への無料化」を予想していた。たとえば、すでにやっている「年間79ドル以上購入すれば配送無料、無料ストリーミング映画の無制限利用」のような形だ。すでにアマゾンは様々なプランを考えて実験を重ねている。オンライン通販を「本業」とするアマゾンは、配送の無料化することでペイするモデルを、時間をかけて開発してきた。重要なことは、Kindleがコンテンツの搬送手段であるだけでなく、アマゾンの専用の広告媒体、商品カタログ提供手段でもあるということだ。アマゾンの選択肢は無限にあるし、顧客の満足と自社の経営目標(当面は利益ではなくシェア)を同時に満足するモデルを粛々と開発・実験・検証しているということだ。アマゾンにとってKindle本体の無料化は時間の問題である。
アマゾンと組むか、同じモデルで対抗するか
銀行のように、無料Kindleを何かにバンドルして提供する例も広がるだろう。銀行の場合、もしかすると無料Kindleの提供を受けている可能性すらある。銀行だけではなく、新聞・雑誌・出版社も無料Kindleの「運び屋」になる可能性は十分にある。新聞は印刷、配送費をアマゾンと折半することで、あるいはアマゾンに負担してもらうことが購読者に無料Kindleを提供すれば十分に元が取れる。こうした紙媒体も2010年代にはデジタルに移行せざるを得ないのだが、ビジネスモデルと移行戦略に確たる答を見つけていない状態にある。このうち書籍出版は最も早く移行への軌道に乗った。無料Kindle(あるいはそのカスタム版)は、メディア企業のデジタル移行を容易にするように提示されるだろう。
Kindleの無料化に対抗する手段は、コンシューマ製品メーカーの場合、高付加価値化ということになるが、その場合でもニッチを見つけるか、非メディア市場に足場を置く以外に対抗できない。逆に中国など新興国を足場にOEM/ODMメーカーは、アマゾンやアップル向けの製造でますます力をつけるだろう。結局、メディアデバイスの将来はコンテンツ小売/配信ビジネスと一体化する以外にないのかもしれない。コンテンツ出版ビジネスの対応については改めて検討したい。◆ (鎌田、03/03/2011)