デジタル時代の出版社はサービス指向か (♥)

本号でご紹介した米国の出版大手、サイモン&シュスター社リーディ CEO のインタビューからは、転換期の出版産業についての貴重な情報を得ることが出来る。 E-Book ビジネスとは、たんに電子コンテンツを用意することではなく、出版のサプライチェーンにおいて誰にどんな価値を提供し、どうやって対価を得るか、というビジネスモデルを再構築することになるということだ。著者、消費者、流通との関係の中での立ち位置を定めなくてはならないが、答は自分で見つけるしかない。ともかく、 E-Book はわずか1年で、とてつもない可能性を信じさせるに十分な規模に成長し、誰でもチャンスを手にしている。物理的な商品とは違って、空間だけは無限にある。[全文=会員]

アマゾン依存からの脱却

CBS(旧バイアコム)グループ傘下のS&S(1924年創業)は、概して保守的な社風の会社で、フィクション系のスクリブナー社やノンフィクション系のフリープレス社を擁する。1998年には教育事業の中核だったプレンティスホールマクミランをピアソン・グループに売却して、スケールはかなり軽くなった。そのS&SでもE-Bookが2割ということに、やはり驚かざるを得ない。たんにコンテンツを用意しただけではなく、セールスも含めた「オンラインシフト」を3年前から構築していたから出来たことだろう。印刷本と電子本の均衡点を探すことに悩みながらも、わずか1年あまりで5%程度から20%に高めてきたのは、電子市場の成長速度に合わせることを最重視したのだろうが、大波に呑まれなかったのはたいしたものだと思う。

リーディCEOは、独立系オンライン書店が発展することで、アマゾンに対するオルターナティブとなることを期待している。しかし、自動的にニッチが育つことは考えられず、小売価格に差のないエージェンシーモデルで果たしてそれが可能になるかも疑問だ。出版では、エコシステムの多様性が重要な意味を持つが、市場競争の下では「分散から集中」が必然的な流れでもある。現にS&Sを含めて欧米の出版社の歴史は合併と売却の歴史でもある。出版社ですらそうなのだから、オンライン書店が多様なニッチを形成するには、特定の読者コミュニティ(たとえば学校や企業、ブッククラブ)と提携する必要があるだろう。これまでルートセールスをやってきたような書店は対応しやすいかもしれない。いずれにせよ、書店が自ら動かないと、先は見えない。アマゾン自身は、ベストセラー本を目玉商品とするだけの大手小売とは違って、ロングテールをきめ細かく育てる、大手出版社にとっても厄介な一面を持っているからだ。

ワインビジネスのモデル:出版社はネゴシアンか?

出版社はコンシューマ・ブランドではあり得ない、という考え方は、マーケティング重視の欧米出版界では新鮮なものがある。しかし消費者との関係が不要だというのではなく、出版社、書店、消費者という3者(+著者を含めた4者)の関係の中で役割を再定義すべきだ、ということだ。リーディ氏の出版社脇役論は、出版はメーカーではなくサービス業であるということで一貫している。たしかに有名作家はブランドだが、それ以外の著作者はどうだろう。有名著者をカタログに擁することはステイタスだが、彼らを有名にすることで長期的に果実を得るというビジネスモデルは危うい。一定以上の規模を持った出版社は、ブランド戦略に拘ってもいられない。リーディCEOの話を聞いて、ワインビジネスが想起される。ワインは農家が生産・販売することも出来るが、市場の多様さに即して多様なサービスが共存している。(図はワイン産業のサプライチェーン参照)

著者への提供価値を重視するサービスというのは、フランスのワインビジネスにおけるネゴシアン(Négociant)に近い存在かもしれない。ちなみにネゴシアンの役割は、ブルゴーニュ、ボージョレー、ローヌなど、比較的生産規模の小さい地域で役割が大きく、ボルドーのように、瓶詰めを独自に行うワイン生産者のいる地域では小さい。ワインのエコシステムが出版でも再現されるならば、有名作家は自主出版型(シャトー/ドメーヌ)に移行することにもなるだろう。しかし、それでは大手出版社のビジネスは苦しい。シャトーワインも扱い、ワイナリーも持ち、小規模栽培の農家の価値あるワインを発見し、付加価値を高めて販売する力を持たなければならないだろう。

アプリがダメというのは本当か

拡張E-Bookがまったくの不振というのは、かなり重要な点だ。しかし、大学教科書や専門書では着実に育っており、その分を差し引いて考えるべきだろう。S&Sの扱う一般のフィクションやノンフィクションではまだ成り立たないということだ。一般書ではビデオを挿入したものが多いが、版権料とオーサリングでコストは跳ね上がる。通常のE-Bookがほとんど追加コストなしで製作できるのに対して、拡張型では平均5万ドルあまりというから、5ドルの小売価格で回収するのはかなり難しい。また、現在のアプリの実行環境はiPadが圧倒的だが、まだコンテンツとユーザーとデバイス(iPad)のミスマッチがあるように思われる。S&Sのパートナーで、ビデオ+ブックの独自技術を売っていたVookでさえ、通常型E-Bookをカタログに載せているほどだ。(写真は失敗に終わったロックもの)

確証はないが、アプリ系拡張E-Bookについては以下のようなことが言えると思う。

  • 一般書の拡張コンテンツではコストが最重要。しかし旅行や趣味などを除き必然性は低い。
  • 数100メガバイトにもなる雑誌など、ネットワークに対して負荷の大きいコンテンツは難しい。
  • 教科書/専門書では、コストさえクリアすればパフォーマンス(=学習効果)が最重要。
  • 機能を使う気にさせるのは具体的な読者のモチベーション。そこから企画を考える必要がある。
  • ビデオや詩などの著作物の部分的「貼付」「引用」をしやすくする方向でのルール改訂が必要。現状(当面)はかなり絶望的。

(鎌田、03/29/2011)

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