“E-Book再版制”とビッグシックスの憂鬱 (♥)

EU の独禁当局が違法カルテルの疑いでアシェットなど大手出版社を家宅捜索したことは、欧州でのエージェンシー・モデルの将来に疑問符がついたことを意味する。当局との法廷闘争で勝ち目が薄い上に、出版社の再販価格維持に理解を示す消費者は少なく、しかも E-Book の平均価格は低下傾向にあり、すでに「エージェンシー価格本」はベストセラーリストから消えているからだ。つまり、大手出版社と中小書店にとって最善と考えられたモデルは、法廷の判決を待つまでもなく、すでに実質的に市場によって無効とされている。日本の再版制と似たエージェンシー・モデルは E-Book においては成立ちそうもない。[全文=会員]

大手流通による寡占化、印刷本市場の衰退は避けられない

英国のガーディアン紙は、出版社側の主張と自由主義的な主張の両論が掲載されており、論点を整理することが出来る。メーカーが小売価格を指定することは、自由市場を優先するほとんどの国で違法とされている。しかし、出版を例外に置くことは、米国を除いて認めている国が多い。これは社会が必要とする出版物の品質を保つには、(少なくとも社会にとって有用と考えられる)著者たちに報酬を保証できなければならず、そのためにはコストに見合った価格を出版社が設定することに社会的合理性が認められる、という理屈からである。出版はたんなる産業ではなく、出版物の品質、多様性とそれを支えるエコシステムの維持は、価格競争に優先される、という主張は説得力があり、また印刷本を前提とする限り、ある程度の合理性もある。しかし、結果論として、書籍について特別な扱いをしていない米国が欧州や日本より貧しいということはできないだろう。

再販制が機能しているフランスやドイツに比べて、英国では1899年のNBA (net book agreement)は1980年代のサッチャー改革以降、行政と市場から攻撃を受け続けた結果、1997年に1世紀近い歴史を閉じて米国型に移行してしまった。出版関係者によると、それによって書籍小売は、(1)大手書店チェーン、(2)スーパー、(3)アマゾンの3者に支配されることになり、売れ筋本の価格競争は進み、粗製濫造で流通サイクルは短くなり、出版物の質は低下し、書店に行く人は減り、多くの書店が閉鎖に追い込まれたという。「質の低下」という判定が難しいことを除いて、これらは事実だ。しかし、それを除けば、これは日本や米国の状況とそう変わりはないとも言える。つまり、再版=NBAがあろうとなかろうと、印刷本の流通は大手流通により寡占化されるほかはなく、出版が効率の悪い停滞産業となることは避けられなかった可能性が強いということだ。

E-Bookのエージェンシー価格制は、もちろんアップルのiPad/iBookstoreとともに登場したものだが、必ずしもアップル主導ではなく、出版流通の覇者として小売価格を支配するアマゾンに対するビッグシックス(5+1)の反撃という性格が強かったことは明白だ。アマゾンは印刷本でやっていることを(市場の過半を支配する)E-Bookにおいてさらに効果的に行っていたので、再販モデルの導入がなければアマゾンの独り勝ちとなる形勢だった。自由競争を制限しなければ独占状態を防げない、という資本主義の逆説である。カルテル(あるいはその嫌疑)というリスクを敢えて冒した6社の判断の背景には強い危機感があったものと思われる。なお、米国と欧州は市場こそ異なるが、大手出版社の経営はグローバル化しており、多くは欧州系グループが支配している。一方、流通ではアマゾンのみがほぼグローバルに展開している。

価格低下に抵抗すればビッグシックスの地盤沈下が進む

アマゾンの卸/小売モデルは、もともと出版社から高いマージン(70%)を取りながら、それをマーケティングに使うというもので、売れ筋本にはマイナスのマージンの設定を躊躇しない。単純に言って、定価30ドルの本であれば、出版社に1冊9ドルを支払うので、$9.99といった販売価格では(決済手数料を引けば)利益はゼロからマイナスで、他社が対抗するのは難しい。まして書籍小売のノウハウがないアップルやGoogleなどがこの価格競争に参入しても勝ち目はなかった。アップルと大手出版社、そしてN&Nを含むオンライン書店の利害は完全に一致していた。問題は、米英では印刷本に対しても適用されていないエージェンシーモデルを、E-Bookに対して(消費者からみて)唐突に導入したことであったと思う。E-Bookの価格はすぐに上昇し、メーカーの価格支配という原理的問題を社会化してしまった。

大手出版社にとって怖ろしい事態は、以下のようなものだろう。

  • E-Bookのベストセラーリストから消える(影響力の低下)
  • 有名著者が出版社のパフォーマンスを評価する(選別)
  • 自主/インディーズ出版市場が拡大する(大手離れ)
  • 平均価格帯が1~3ドルとなることで対応を迫られる(リーダーシップの喪失)

本誌3月10日号で述べたように、E-Bookの最適価格帯(売上を最大化するレベル)は、印刷本よりかなり低いところにある。つまり、E-Bookだけを考えれば、出版社(もちろん著者も)安くしたほうが利益が大きいのである。大手出版社が再販制に意欲を見せるのは価格決定権が欲しいというより、印刷本への影響を怖れてのことだろう。増刷により発行部数に比例してコストも増える印刷本と、コストが一定のE-Bookを共存させなければならないので、この連立方程式のコスト管理は非常に複雑になる。もちろん、小売価格の最適化も簡単ではない。それは出版社による流通の価格調節機能の吸収だが、結果的にそれが自主出版・販売モデルに近いものとなってくるのは皮肉だ。

上述した傾向が同時進行すれば、エージェンシー・モデルは「合法性」以前に破綻してしまうだろう。アマゾンはそれを加速させようとしている。出版社にとってエージェンシー価格制は、時間稼ぎにはなったとしても、防波堤にはならない。出版社自身が著者・書店を含めたデジタル・エコシステムの再構築にリーダーシップをとらなければ、制度で自らを守ることは出来ない。可能性は高くないが、アマゾンに対抗する流通モデルは、分散した独立系書店の連携にしかないように思われる。  (鎌田、0324/2011)

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