デジタル駆動の米国出版 (後):出版社の変貌 (♥)

AAP が発表する E-Book の売上額の数字 (会員提出による卸販売額=印刷本84社、電子本16社の合計) が注目されるようになったのはそう古いことではない。それも印刷本との比較ではなく、もっぱら「自己新」を更新し続ける速度が注目されてきた。シェアが3.3%となった2009年になってから、はじめて印刷本との比較が話題となったが、2015年までに20%というのが、最も「楽観的」な見方だった。2011年に20%台となれば、50%にいくのも時間の問題だろう。コンテンツを供給しているのが出版社である以上、この加速の原因を、デバイスを手にした消費者だけに帰すわけにはいかない。明らかに出版社がデジタル化を加速させたのだ。それはなぜだろうか? デジタルの脅威を最も強く受けていると思われていた出版社だが、狐のように老獪に立ちまわり、第2幕の主役になった。[全文=会員]

市場の構造変化:既刊本に広がったE-Book

米国市場で特徴的なことは、ホリデーシーズンを経た年明けから急上昇し、3~5ヵ月の踊り場が続いた後でまた上昇するというパターンを繰り返していることだ。これは、E-Reader(とくに専用デバイス)の拡大期と強い関連を持っている。端末とコンテンツの間でよい相互作用が行われていることでもある。2月は前年同月比で202.3%と3倍になり、前年比上昇率をさらに高めた(それまでは150%前後)。月間で1億ドル近辺が新しい基準値になったということだ。

昨年12月からの月次上昇率は、41.2%、29.2%で、わずか3ヵ月で2倍あまりに達している。それに対して印刷本は、1月に前月比48.4%と下落した後、さらに8.7%降下して、かなり記録的な落ち方を示した。両者の相関についてはまだ確認されていないが、気になる数字である。もともと印刷本はベストセラーに依存し、月々の変動が大きい商品だが、月次でもほとんど下落することのないE-Bookと比べると対称的だ。しかし、現在の出版界で、そんなことを気にする声はほとんど聞かれない。現金なもので、「活字文化」の衰退を危惧する声も、ネットビジネスの脅威を説く声も目にしなくなった。

E-Readerの普及が従来のコア読書家層を超えて拡大し、またコンテンツの点数が増えた結果、市場の構造はかなり変わってきた。売上の中で、既刊本の比率が上昇しているが、読書パターンが、話題の新刊から、ネット上で自分で探した/出会った本に広がっている。そしてペーパーバックのデジタル化は、出版社が意識的に進めていることでもある。また、かなりの数が見込めないと、コストが嵩む印刷本の発行や増刷には慎重になってきた。ペーパーバックを全廃したところもある。前号で解説したオライリー社の例のように、再刊に関してはE-Book+PoDがスタンダードとなりつつあるようだ。それによって出版社は利益率を改善し、同時に在庫がないことによる機会損失を回避できる。多くの読者がE-Readerを持たないことによる不利益を感じるようになり、E-Bookへの対応を進めれば、ペーパーバックの発行や供給は減少するだろう。新刊をE-Bookだけにする出版社はさすがに少ないので、ハードカバーとE-Bookの2つのフォーマットで提供されるが、かつてのように大量に刷ることは減っている。

出版社がデジタル化を歓迎するのは儲かるから

E-Readerの所有者は、出版社にとってじつに好ましい読者であることが分かった。彼らは、特に気に入った本に出会うと、同じ著者の過去の作品を揃えようとする傾向があることが確認されている。これは紙の場合でもあることだが、手にしているデバイスから即注文し、すぐに読み始められるので、紙の場合とは比較にならない。こうしてみると、出版社が予想外のテンポで進むデジタル化を怖れることなく、歓迎している理由も見えてくる。

  • E-Bookは価格が相対的に安いので、売上以上に部数が増加している。
  • E-Bookはコスト増を避けつつ部数を伸ばす手段として効果的に使える
  • ハードカバーは価格差が少ないこともあり、E-Bookに喰われてはいない
  • 既刊本E-Bookはマーケティングしだいで売れることがわかった
  • E-Book>ハードカバー>PoD>ペーパーバックの組合せで最適化を図る

これまでのところ、出版社にとってのデジタルの恐怖は杞憂に終わった。デジタルは利益率を上げ、顧客層を拡大し、付加価値サービスやコンスタントな売上拡大を可能にする、かつてない機会をもたらしてくれた。もしE-Bookがなかったら、昨年の好決算もなく、今年もほとんど改善が見込めなかったろう。デジタル革命によって書店の数が減り、人々が本に接する機会が減り…といったマイナス面を考慮する余裕はない。B&Nはオンラインサービスとデバイス事業の好調で復活することが出来た。投資家からは、むしろデジタルに集中すべきだという声が生まれているほどだ。

ほんの1年あまり前まで、米国出版界はアマゾンやGoogleを敵視してきたが、じつは斜陽ばかり眺めてきた出版業にとっての救世主となりそうな雰囲気だ。しかし、好事魔多しというべきか、デジタルの果実をめぐる争いが激化することは間違いない。SFの大御所、ノーマン・スピンラッドは、つい最近SF作家協会のサイトで、「デジタル比率が20%を超えれば、印税率をめぐる著者と出版社の対立に火が付く」と予言した。少なくとも有名作家とそのエージェントは、編集者を雇ってでも自主出版でより大きな果実を手にする動機を持った。米国のデジタル革命は第2段階に進むことになる。出版社もデジタル・プラットフォームを強化することで不可避的な構想に臨もうとしている。

印刷書籍が出版社にとって重要なニッチになる

GoogleやKindleの「黒船」に身構えていた日本の出版界は、船が遠ざかり、変化が訪れなかったことで安堵の息を洩らした。なんのことはない。マンガというデジタルコンテンツ資産を持ち、電子辞書というデバイス市場を築いてきた日本は、大きなチャンスを逃していたのだ。同じ恐怖を持ちながらも、米国出版界はデジタル化に受け身ではなかった。デジタル化権を出版契約の条件として定着させ、アップルを利用した「エージェンシーモデル」でアマゾンを牽制し、B&Nの復活を助け、著者との印税抗争の第1ラウンドを制した。印刷本が減っても、利益率は減るどころか高まっている。じつは、利益率の低下こそ、出版界がデジタル化において最も懸念した点であり、その逆となることが実証された以上、むしろ印刷本を特殊なものとすることに何の痛痒も感じないのである。じつに老獪な対応というほかない。

ランダムハウス社の前CEOで、デジタル基盤の構築に力を注いだ、アルベルト・ヴィターレ氏(写真)は、最近のインタビューで、出版社の立場はむしろ強くなっている、と語っている。著者を含めて誰でも進出できるE-Bookに対して、まだ長期間市場に残る書店流通の印刷本では、デジタルと印刷本を効果的に組合せる選択肢を持つ伝統的出版社が優位に立てる。何をどう仕上げてどう売るかという「出版」のコアコンピタンスは出版社のものであり、さらに印刷本を持っていることがアドバンテージとなる、というのだ。これは音楽産業と大きく違う、出版の奥の深さだろう。印刷本は本好きにとって特別な価値を持つものとなる。ただ、そのためには全米のすべての書店に対して注文の翌日に配本する体制をつくる必要になる、とヴィターレ氏は考えている。筆者もこれに同意する。

印刷本がニッチになるということは、べつに悪い話ではない。コンピュータ業界では汎用機が最も強力なニッチであり、30年前に死刑宣告を受けてからも、しぶとく生き残り、IBMに巨大な利益をもたらし、競争力の最大の源泉となってきた。時代がサービス指向になっても、クラウド中心になっても、それは変わりがない。大手ユーザーとIBMを結びつける唯一最大の動機だからだ。印刷本は、著者と出版社、読書家と出版社とつなぐ象徴的存在(ブランド)であり、E-Bookがそれに替わることはない。それ自体が大きな経済的価値を生むことはなくても、なお出版社を支える礎石であり続けるだろう。  (鎌田、04/20/2011)

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