アマゾンがKindleストアの世界展開を拡大している。英国に後れること8ヵ月の4月21日、ドイツにKindleストアを開設、非英語圏コンテンツへの浸透を始めた。数字ではなく、通貨を置き換えた割高な€189のKindleデバイス(3G)は、キーボード/メニューのローカリゼーションのみで、製造中と言われる独語版のスケジュールは発表されていない。E-Bookの普及は英国ではかなり進んでいるが、英米と大陸欧州(それに日本)のギャップはむしろ拡大している。問題は、ドイツの品揃えが、英語書籍65万点余に対して独語書籍がわずか2万5,000点余と極端なアンバランスとなっていること、価格が米国に比べて高いことなどだ。これはどう考えたらよいのか。
価格差が言語文化圏の衰退に結びつく
価格が高いのは、もちろんアマゾンが望んだためではなく、出版社が要求したためだ。Kindle.deは、最初のベストセラー・チャートを発表したが、トップは英国作家サイモン・ベケットのThe Calling of the Grave(墓場からの召命)の独訳で€19.99、同ハードカバーは€22.95。英語版ではKindleが$11.99、同ハードカバーが$15.21なので、英語版の倍あまりと非常に高い。ダン・ブラウンの『ロスト・シンボル』の独訳はペーパーバックより15%安い€8.49。これではまったくインパクトがないので、アマゾンは200点について85%引きのプロモーション価格で販売している。
短期的には市場への影響は生じないかもしれない。しかしこの状態が続けば、言語文化/市場しての英語圏の拡大と非英語圏の衰退に結びつく可能性がある。具体的には以下のようなことを通じて。
- 米英中と日欧の価格差が、E-Bookの普及格差の拡大に結びつく
- 英語圏出版社のE-Bookによる直接進出がより容易になる
- 翻訳あるいは原語による英語書籍の浸透
知識情報は一般的に価格弾力性が大きく、安いほど消費が活発化し、コミュニケーションが拡大するので、世界の出版市場での英語の優位はいっそう高まるだろう。大陸欧州ではもともと英語人口が多く、英語書籍はよく売れている。したがってKindleストアは英語コンテンツの市場拡大に役立ち、英語書籍はさらに価格を下げられる。英語圏の出版社は英語でテストマーケティングしてから、推定市場規模によって各国語にローカライズすればよい。非英語圏の出版社も英訳によって世界市場を指向するが、版権取引では世界市場を知るアマゾンなどが優位に立つことになる。コンテンツの流通、ローカリゼーションは、これまでとは一変して高速化、システム化するだろう。
1980年代に市場化の洗礼を経験した大陸欧州と日本の出版市場は、いまだに19世紀的な機械文明時代の版権市場の20世紀版として存在している。言語の差異を障壁として市場秩序を守ろうとすれば、その言語文化は衰退を免れない。インターネットには国境がない、とは言い古されたことだが、E-Bookはグローバルなインターネット環境の一部であり、これを紙の商品のように扱うことはできない。それがわかった時には、出版とともに言語文化まで回復不能な状態になっている可能性がある。もっとも、ベルテルスマンやアシェットなど欧州の大手出版社は、もともと米国を主要な市場とし英語出版を主力商品としているから、グローバリゼーションの戦略とロードマップは持っているだろう。中国は複雑だが、中国語と中国文化の国際化には力を入れているので、E-Bookを有効に使っていくだろう。問題は日本だ。時間はあまりない。 ◆ (鎌田、04/27/2011)