E-Book を目一杯販促しつつ、印刷本の生き残りと最適な共存をはかる戦略が成功するかどうかは、マーケティングとサービスの創造性・柔軟性が鍵を握っている。オンデマンド印刷(PoD)そのものはパズルのピースに過ぎず、単独では機能しないのは、 E-Book における書籍端末と同じだ。イングラム社は、コンテンツ管理と在庫管理の統合という、出版社のデジタル戦略に不可欠な部分のソリューションを提供するが、これが出版社や書店の独自のマーケティングと結びついた時に、印刷本にとっての新しい市場が開けてくるように思われる。キメ細かなサービスをシステム化し、同時にシステムでは対応できない部分での創造性を現場で発揮できる余地がなければ、PoDのバリューチェーンは完結しない。(図はダーウィン・フィンチ類。『ビーグル号航海記』) [全文=♥会員]
印刷本三原則:「作らず、持たず、持ち込まず」ただし見込みがあれば別
戦略の半分である印刷本の維持についての基本的な考え方は、基本的に、見込みがない限り「作らず、(在庫を)持たず、(書店に)持ち込まず」というものだ。しかし、「見込み」を誰がどう行い、何を指針とするのか、によって従来と同じ問題が生じ、印刷本の出版はデフレ・スパイラルに入って萎縮する。また、製作費は造本・装丁によって大きな差が出来るし、紙の場合はそれが商品性を左右するので、刷るか刷らないかという二者択一の問題ではない。見込みの精度を高めるには、マスマーケティングに頼らず、Webマーケティングと在庫管理から需要を読む手法を市場クラスターごとに開発・改良していく必要があり、それにはデジタルインフラへの投資が必要になる。ただしこれはE-Bookと共通化できる。
もう一つの課題は、印刷・製本の仕様を可能な限り柔軟にすることで、これがPoDにつながる部分だ。しかし、悪魔は細部に宿るというわけで、これも「ロット・価格・品質」を顧客ごとにバランスさせるポイントを見極められないと成り立たない。貧弱な印刷物でも高い値段で買ってくれる人は少ないからだ。本にはモノとしての格があり、読者によって求めるものが違ったりもするので、デジタルよりはるかにデリケートだ(ここでもマーケティングが重要になってくる)。
E-Bookと異なり、印刷物は生産と在庫、販売のロットによって経済性が大きく左右される。書店に陳列される本の一部は実質的には「見本」であるが、それには商品と同じコストがかかっている。有名作家の話題作は宣伝しなくても売れるのに、多額の宣伝費をかけるが、宣伝によって売上が左右される大部分の本にかける予算はない。基本的な対応は、おそらく次のような形となるだろう。
- 限定部数だけを通常の方法で製作し、それを超える分はPoDとE-Bookで対応
- 書店に見本を置いて受注(印刷・配送は現地または地区のセンターで対応)
- 書店/センターに対して様々なインセンティブを提供し、コミュニティ市場を開拓
3は書店独自のマーケティングに期待するわけだが、多く売ることでマージンも高く設定できる。例えば、PoDで1部注文をとれば20%だが、5部のリスク負担をするならば50%としてもよい。10ドルのコンテンツを25ドルで仕入れることで書店は10ドルではなく、最大25ドルの利益機会を得られる。インセンティブがないと、小規模な小売は頭を使う余地が限られる。再版制のない米国の書籍流通では、もともと小売が小売価格の50%で仕入れ、売れる価格で販売してきた。下げても売れ残れば廃棄する。それを補う形でイングラム社のような取次・在庫管理サービスを行う会社が機能しているが、アマゾンのような、ロジスティクスを持ったオンライン書店の脅威を受ける立場にある。アセットマネジメント・モデルは、イングラムにとってのサバイバルがかかっている。
PoDは有効なロジスティクスの中で機能する
最後の問題はPoDである。大学/図書館や企業のドキュメントサービスなどで利用され始めているものの、期待されている割には普及は進んでいない。軽印刷とオフィスプリンタの間の狭い(が確実に存在する)需要を効率よく吸収し処理するには、それなりのインフラが必要なのだが、まだ出来ていないためだ。E-Bookにおいて、フルデジタルのサイクルが完結するには、コンテンツと顧客を結ぶバリューチェーンの完結性が必要だった。それがデバイスだけでなかったことは、現在では周知の事実となっている。
PoDは、ユーザーが本の内容に触れ、購入する動機を固め、注文してから印刷・製本を経て受け取るまでの流れが、まだ確立していない。逆に、印刷本や古本はまだ市場にある可能性が高いので、当面はPoD単独でビジネスとして成り立たない。現在のオンライン・プラットフォームをPoDに対応させ、ワンクリックでPoDを起動させることは容易だが、印刷本の在庫、古本価格を同時にチェックし、購入できるシステムを持たないと、実現性は低いだろう。消費者にワンスルーの環境を提供するという点で、最も有利なのはアマゾンを除けば、イングラムである。
次に、EBMのようなPoDブックマシンをどこに、どのくらいの数を置いたらよいのか、誰が管理するのかという問題を解決しなければならない。これは簡単なようで、そうではない。アマゾンやイングラムのようなロジスティクス企業は、ここでも有利であることは間違いない。前者は宅配ネットワークを持ち、後者は既存の書店のネットワークを利用できる。ブックマシンの品質と生産性は、環境が出来れば改善していくだろう。しかし、PoDはDPEとは違ってかなり複雑でデリケートな商品を扱うことになるので、ブックメイキングと印刷・製本の基本知識が重要になってくる。キメ細かいサービスをシステム化し、同時にシステムでは対応できない部分での創造性を現場で発揮できる余地がなければ、PoDのバリューチェーンは完結しないのだ。
印刷本と書店流通の維持への挑戦
印刷本への需要は急激に減ることはないが、流通システムが衰弱しており、書店数はますます減っているので、印刷本で採算をとることはますます困難になっている。オライリーが「段階的」と考えているのは、印刷本の採算性が次第に悪化し、採算が取れなくなる本の点数が年々増加することを想定している。上述したように、PoDは解の一部に過ぎず、本の受注から配布までのロジスティクスを、ユーザーにとってベストな形でデザイン出来て初めて機能するものだ。イングラム社の強味は、米国最大の取次会社として、ロジスティクスと流通を知っていることにある。それに比肩するのはアマゾンしかなく、アマゾンもPoDをソリューションに加えている。オライリーがイングラムと提携したのは、書店との関係を持っていること、また最大のオンライン書店、E-Bookプラットフォームであるアマゾンに情報が集中することを嫌ったためだろう。
日本ではあまり知られていないが、世界最大の書籍取次会社であるイングラム社は、ミシシッピ河の艀(はしけ)の会社からスタートしたイングラム家によるファミリー・ビジネスが特色のユニークな企業だが、デジタル時代に必要なイノベーションの能力は持っている。日本の書籍流通の再生を考える上でもモデルになるかもしれない。◆ (鎌田、04/13/2011)
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