SF百科事典第3版で注目の“無償”ビジネス (♥)

英国のオライオン社(Orion Publishing Group)は7月5日、SFにおけるリファランスとして最も権威のある『SF百科事典第3版』(ベータ)を、同社のSFブランド、ヴィクター・ゴランツ(Victor Gollancz)と共同で設立したESF社から年内に無償オンライン・コンテンツとして発刊すると発表した。ESFは1979年に初版、1993年に第2版が発刊され、ともにヒューゴ賞を得ている。第3版は、約12,000項目、300万語を含み、内部リンクも10万を超え、2012年末までに完成される。テキストは無償だが、ビジネスモデルについては来週発表される。ペイウォールを断念した新しいWeb出版の収益モデルが注目される。本についての本であるESF3は、じつは大きな可能性を秘めている。[全文=会員]

百科事典の電子化CD-ROMからWebへ

ESFは、各国の作品、テーマ、術語から、SF作家、挿絵画家、映画、音楽、ゲーム、マンガ、アニメ、ファン雑誌までを含む、SFの全分野を網羅している。ピーター・ニコルズを総編集長として、グラナダ社およびダブルデイ社から1979年に発刊された記念すべき第1版は約70万語、ジョン・クルートとピーター・ニコルズの2人が中心になってオービット社およびセント・マーティン社から出た第2版は130万語だった。本についての百科事典は、理想的には表紙画像をカラーで掲載することが望ましいが、作業とコストは膨大になるので印刷版では商業的に成り立ちにくい。現在も入手できる第2版(アマゾンで85ドル)は図版を含んでいない。図版を参照するには、Science Fiction: The Illustrated Encyclopedia (By John Clute)やThe Visual Encyclopedia of Science Fiction (BY Brian Ash)に依るしかないが、もちろん文字情報は少なくなる。

ESF電子版は第2版とともに構想されたが、1990年代初めのパソコンとCD-ROMではあまりに制約が大きかった。1995年に第2版への増補を含むCD-ROM版が出たが、各OSへの対応は困難を極めたと推察される。その後ディスク版は放棄され、オンライン(Web)版が構想されていたが、こちらはコスト的には大幅に楽になるが、販売が難しい。ESF3の編纂やオンライン版の開発にあたっては、篤志家からの寄金を得るとともに、多くの出版関係者が協力している。ESG3は、ゴランツ社のSF出版50周年記念事業と銘打たれている。同社は電子版の出版権を取得し、Webコンテンツの開発を引き受けた。2011年に公開されるのはベータ版で、全体の4分の3ほど。2012年末をめどに完成させるという。ESF3はWikipediaモデルではなく、編集者が内容をコントロールする通常の方式でつくられる。

注目されるビジネスモデル

ビジネスモデルについては来週に発表される。オライオンのマルコム・エドワーズ次席CEOは、様々なペイウオールのオプションを検討したが、Webの発展の方向と整合しないので実際的ではない、と語っている。また分量的に印刷版は困難だが、需要があれば検討するとしている。少なくとも現在のところ、E-Book版も計画には入っていないようだ。ここから想定されるのは、ESF3オンライン版が、(1)広告モデル、(2)ショップモデル、(3)両者の併用になる可能性が強いということだ。ローリング女史のPottermoreも、コンテンツとして『ハリー』の百科事典を含むことになる。

SFファンはロマンス・ファンやミステリ・ファンと並び、E-Bookの“ヘビーリーダー”と言われている。習慣性・依存性が強く、作家やテーマ、スタイルに沿って読み続けてくれる、出版ビジネスにとっては有難い顧客だ。全部ではないが、SFは「注」の助けを借りることが多いし、読了後は作品リストを見て注文することもある。だから、ESFがSF専門書店になったり、アマゾンがスポンサーになったりすることは十分にあり得るだろう。ESF3が会員登録制になれば、そのリストは長期的に大きな資産になる。百科事典は、出版社の事業としては金食い虫で、収益の見通しは困難。Wikipediaの元情報をタダで提供するのが関の山かもしれない。しかし、映画など関連コンテンツのディレクトリとして考えれば、ビジネスモデルは無数に考えられる。オライオンが敢えて別会社を設立したのは、「無償の百科事典」を打ち出の小槌とする目算があってのことだろう。 (鎌田、07/14/2011)

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