E-Bookの価格決定問題:実験と分析 (♥)

価格を決定する者が結果への責任を負う

E-Bookの価格設定は、読者に結びつくコンテクストの発見とともに、マーケティングにおける2つの大きな問題と言える。販売部数が予測困難であるだけでなく、その部数によって大きく変動する印刷・製本・流通・在庫というリスク性の高いコストがあまりに重かったために、出版社はこれまで本の価格にはほとんど無関心であった。あるいはそうなる相当の理由があった。米英では書店がリスクを負って仕入れ、必要に応じて価格を下げて売切る方法を取り、大陸欧州では書店での値下げ余地が小さいので、仕入れを慎重に行う。そして日本では、書店は価格に関与できず、部数と価格に関して取次が出版社をソフトに「指導」する形が取られてきた。日米欧で流通システムは異なっても、出版社はどこでも価格に関する十分な知識を持たない。

しかし、E-Bookは出版社にとってそうした慣行を牧歌的な時代の記憶にした。出版社とストアの力関係が変わったからだ。アマゾンやB&Nなどのオンライン・ストアは、紙の書籍での豊富な経験をもとにE-Bookの価格設定に関するノウハウを構築しており、ルール化することに成功している。彼らは、1点ごとでしか考えられない出版社から自由に、複数のタイトルをまとめて売上げて「全体最適」を目ざす。そのために「こんな本もあります」と別のものを薦めたりもする。これは出版社の(あるいはあらゆるメーカーの)好まないところだが、市場というものはそういうものだから、そうわきまえて付き合うしかない。

出版社と書店の利害が完全に一致することはないから、出版社が小売価格を支配することを望むのは(市場原理には反するが)当然と言える。そして現在の米国市場では、大手出版社を中心に普及してきた「エージェンシー・モデル」が若干の優位に立っていると伝えられる。日本ではこれがデフォルトのように考えられている。しかし事はそう単純ではない。出版社には価格決定の経験と知識が欠如しており、書店との間の差は大人と子供ほどのものがあるからだ。実世界では知識や経験の差は努力によって追いつくことがあるが、仮想世界では、先行者にノウハウが集中し洗練されていくので、アキレスを亀が追うような展開になりやすい。出版社はブランド化によって対抗するしかないと言われるゆえんだ。

でも、とりあえず出版社が決定権を握ったのだから、アマゾンといえども切歯扼腕するしかないのではないか、と考える方もいると思う。しかし、そうとも言えない。出版社のパフォーマンスが悪ければ、著者が出版社を選別する傾向が強まるからだ。価格を決定する者には売る責任があり、その能力が問われてくる。本の売上が書名や著者とともに価格に依存することは客観的事実で、「内容しだい」などというのはほとんど戯言に近い。売る責任を持つ出版社は、価格を適正化する責任も負っている。

その出版社では、いまだに印刷書籍を「基準」にE-Bookの価格を設定するという「習慣」で漫然と決めるのが一般的だが、Kindleのベストセラーを見ても分かる通り、市場において10ドル以下の書籍のシェアが増加し、上述したパフォーマンスの差が歴然としてくると、E-Bookの著者は収入を最大化する方法を自分で考えるようになる。エージェンシー・モデルによってB&Nが息を吹き返したのは事実だが、それがアマゾンに影響することはなかった。顧客はつねに最も安い価格を提供するストアから離れないからだ。価格が固定してストアによる差がないほうが、アマゾンは楽に優位を維持できる。固定価格は、B&NやKobo、アップルにはプラスだが、独立系書店のE-Book市場への参入を困難にして苦しめる。アマゾンが困るのは、市場の活性が抑えられることくらいだ。

価格で失敗しないための10のルール

ビデオブックの出版で知られるVookは最近、価格分析のためのVookエンジンなるシステムを開発し、その実行結果から10ヵ条のルールを導いてホワイトペーパーとして発表した。ホワイトペーパーそのものはまだ入手していないが、ルールのほうを紹介してみよう。

  1. 可変コストがゼロであるならば、売上を最大化するために思い切って下げることが出来る。
  2. 最適な価格帯は、個々のコンテンツによって異なる。
  3. 価格設定上の一定の閾値が、心理的に「反射的」な購入行動を誘発する
  4. 最適な価格と被発見性を得るには適切な分類が重要な役割を果たす
  5. 1点ずつよりカタログ全部を売り込んだ方が効果的:「上げ潮になれば全部の船が持ち上がる」
  6. アプリ環境でアップセールス(上位商品販売)を行うにはコンテナは不可欠
  7. 気の利いた新刊プロモーションによる上昇効果は、大きな影響を持つ
  8. 一般に、E-Bookとしてのアプリは高い価格設定にはなじまない
  9. 変動の激しいE-Bookの世界で価格を最適に保つには、リアルタイムの販売記録追跡が不可欠
  10. 被発見性と売上を最大化するためのベストプラクティスは小売業者によって異なる

なかなか良いことを言っている気がする。とくにカテゴリーは非常に重要だ。これについては別に考えてみたい。  (鎌田、08/04/2011)

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