著者へのデータ開示:変化するパワーバランス (♥)

米国では、出版契約の締結に際し著者と出版社が直接交渉することは一般的でなく、著者側エージェントが代理人として行う。交渉で物を言うのはやはり情報の多寡なのだが、有名な著者でもないと大手出版社の優位は揺るがない。E-Bookの登場で力関係が変わるとも考えられたが、出版社はむしろ取り分を高めたと考えられている。しかしアマゾンがその情報をタダで提供するようになって状況は一変した。なんと大手出版社も著者への情報サービスを始めたのだ。 [全文=会員]

大手3出版社が「著者ポータル」構築

10月19日のNY Times紙はビッグシックスの一角、サイモン&シュスター社(S&S)が著者向けポータルサイトの構築を始めたことを報じた。著者やイラストレーターはこのサイトで、彼らが関わった本の販売データを、書店別、フォーマット(紙/電子)別にチェックすることが出来る。ランダム・ハウス(RH)とアシェット・ブック・グループ(HBG)も19日、やはり著者向けポータルが計画段階にあることを明らかにした。HBGによれば2012年中にスタートする。RHも期日は明らかにしていないが、詳細な販売データに加えてマーケティング・ツールと関連情報を提供していくという。

こうした著者向けのサービスの背景には、著者との関係の強化に乗り出さざるを得ない状況がある。少なからぬ著者が出版社の情報開示が進まないことに不満を募らせ、アマゾンに向かっている、とNYTの記事は伝えている。アマゾンは1年余り前から、書籍販売データサービスのNielsen BookScanのデータを著者に提供している。このサービスでは印刷書籍の約75%の動きを捕捉している。同社はこの実績を元に出版市場に参入して複数のブランドを立ち上げ、ベテランの出版人に経営を委ねて足場を固めている。S&Sのキャロライン・ライディCEOは、このポータルがアマゾンへの対抗ではなく、著者からのリクエストに応えたものであり、数年がかりで準備してきたことを強調しているが、あまり説得力はない。

S&Sのサイトを使う著者には、著者エージェント以外とデータを共有しないことが求められる。同社としては、著者にデータを提供する代わりにマーケティングに協力してもらいたいようで、出版ニュースなどのほかにソーシャルメディアの使い方や著書のプロモーション・ビデオなどを提供する。

アマゾンの参入で変化した著者と出版者の関係

これまで、著者が販売状況を知る方法として、アマゾンのランキングからの推定が使われてきたが、相対順位からの推定なので信頼性に欠け、決め手はなかった。アマゾンが先鞭をつけた情報開示の動きを、著者やエージェントは歓迎しており、NY Timesはそうした声を紹介している。「これまで著者の不満を理解しようとしなかった」出版社は「現実に目を向け」「競争を意識し始めた」ということだ。

出版社が販売データを例外的にしか著者に提供してこなかったのは、もちろん意識的・無意識に交渉上の優位を保つためだ。出版社間で競争になる有名著者の場合を除いて、一般の多数の著者に対しては版権料を抑制する必要がある。つまり出版社と著者との利害は100%一致しているわけではないのだが、そのことを出版社は認めてこなかった。そもそもパートナーの間での利益の不一致の存在を認めようとしない日本だけでなく、米国でさえ、出版社は渋ってきたわけだ。仕入先に対して正確な販売データを伝えないメーカーの態度ということだろう。コンテンツが王様なら、版権を売った著者は裸の王様というところか。

しかし、著者と出版社の間には「良いものをつくり、売れるようにする」という創造的協調の関係もあることは言うまでもない。アマゾンは、著者に対して販売データへのアクセスの権利を保証した。まずKindleの自主出版プログラムで始め、次いで印刷本にまで広げた(Amazon AuthorCentral)。印刷本と電子本の両方について、著者はいつでも現状を知ることが出来る。これは業界の新しいルールであり、もはや動かせないだろう。世界最大の書店が著者の側に立ったからだ。この書店は、場合によってはだが、世界最大の出版社となることも躊躇しない可能性が強い。

著者と出版社とアマゾンの関係は流動化した。硬いと考えられていた地盤が液状化するようなものだ。出版社にとっては、創造的協調の精神を再確認しつつ、著者との関係を「対等のパートナーシップ」「アソシエイト」のように変えていくしかないだろう。 (鎌田、10/26/2011)

販売レポートの一例:自主出版支援サービスDog Year Publishingの販売レポート

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