アマゾンは11月3日、Kindleを所有するAmazon Prime会員が本を月に1冊借り出すことができるKindle Owners’ Lending Libraryというサービス機能を新たに立ち上げた。出版社と交渉していると伝えられて論議を呼んだ「定額制」ではなく、すでに映像コンテンツについて行っていることをE-Bookに拡大した形のものだが、委託販売制をとる大手版元6社の本を除きながら、卸販売制の中堅出版社の何冊かのベストセラーを含んでいることで、出版界は驚きをもって、あるいは当然のこととして受け止めている。[全文=♥会員]
出版社の反撥で「定額貸本」から「会員制図書館」にスケールダウン
アマゾンは当初、この貸出プログラムに定額制を適用し、売れ筋の本を数千冊単位で揃える計画で交渉を続けていたが、少なからぬ出版社が参加を拒否したと言われる。Kindleのダシに使われることへの嫌悪も伝えられていた。にもかかわらず、アマゾンが今回広告に掲載した表紙写真やタイトルリストには、定額プランを拒否した出版社の書籍、承諾していなかった出版社の書籍が含まれていた。
どういう根拠で、アマゾンは承諾なしに貸出リストに掲載できたのか。Publishers Weeklyのカルビン・リード氏の記事(11/02)によると、理由はそう難しいことではない。委託販売制(いわゆるエージェンシー・モデル)でない限り、書店は出版社から卸値で買い取り、販売価格については自由に決めることができる。今回の貸出プログラムでは、アマゾンは出版社にダウンロード分を支払い、Primeメンバーに無償(追加費用なし)で提供するという形をとった。これは出版社には損害を与えず、契約の範囲内という理屈だろう。しかし、アマゾンが実質的に定額制の「貸本ビジネス」に乗り出したとみる向きは少ない。あくまでKindleおよびPrimeの拡販が目的と考えられている。
反撥と冷静:出版界の2つの反応
Amazon Primeは、年会費$79で商品の無料配送やストリーミングコンテンツの利用ができる、という会員制サービスだが、今回の貸出サービスはこれをE-Bookに拡大したもの。結果としては定額制プログラムと似た形となった。しかし、巷間で期待されていたものと比べるとかなりスケールダウン。まず、ビッグシックスのタイトルは含まれていない。つまり、ランダム・ハウス、サイモン&シュスター、ハーパー・コリンズ、マクミラン、ペンギン、アシェットの姿はなく、卸モデルにメリットを感じている、W.W.ノートン、スカラスティックなどの中堅出版社と著名なライターのセス・ゴディンなどが目立つ。定額で読み放題なら大きな魅力になったはずだが、貸出はわずか月1点なので、この面での会員のメリットは大きくない。仮に1点の小売価格が10ドルであったとすると、年12点で120ドル分。年会費のお得感は40ドル程度だ。
アマゾンが出版社に提示した「報酬」は、PWの記事が伝えるところでは、一括払い(lump sum)で、タイトルごとの12ヵ月のダウンロード実績に基づき、アマゾンの規定に従って支払われる。これにはいくつかのエージェントがクレームをつけていると言われる。
このプログラムに数点のタイトルを「出品」しているホートン・ミフリン・ハーコート社は、声明で次のように述べている。「もちろん、当社は近年多くのことを様々なプログラムで試しています。アマゾンがプライム貸出について最初にアプローチしてきた時の条件は、当社が受け容れられるものではありませんでした。当社の立場は、著者の権利が守られ、著者が不利を被るなら、貸出が小売現場での販売に置換わるようなものであってはならないということです。いま8点を試験的に提供していますが、現時点で契約の詳細については申し上げることはできません。しかし、著者の権利が守られていることだけは申し上げておきます。」 アマゾンを牽制しつつ、著者を安心させる、じつに賢明なコメントだ。
同じくアマゾンからアプローチを受けていると思われる大手6社は、PW誌の問い合わせに回答していないが、ある「関係者」は、目玉商品での客寄せを多用するロスリーダー戦略をとる小売業者に、プレミアム・コンテンツを渡すというモデルの「健全性」に疑問を呈している。プログラムに「参加」しているブルームスベリー社の営業責任者シュニットマン氏は、それが従来のアマゾンとの卸モデルでの契約の結果で、選択したものではないと述べた。
「アマゾンであれB&Nであれ、卸モデルで弊社から購入してくれるのであれば、損を承知で販売しても、何も言うことはありません。」シュニットマン氏によれば、貸出プログラムは、本のロスリーダー商法としては古典的なものだという。「アマゾンの立場に立てば、なるべくKindleを魅力的なものにして、顧客にAmazon Primeを売り込もうとするのは自然です。Kindleを拡販するために、1冊売るごとに損をする。アマゾンの宣伝では、それで販売は増えますというから、われわれもしっかり見ていなければいけないでしょう。」
貸本は「客寄せ」ではない:サービス・パラダイムへの移行
筆者は、貸出制を単純にロスリーダーとみなす見方を疑問に思う。それどころか、出版社がそうした認識しか持ち合わせていないことこそ問題だと考えている。それは以下のような理由からだ。
- 巨大貸本ビジネスがこれまで存在しなかったからといって、E-Bookで存在しないとはいえない。
- ブッククラブなど、既存の販売法と複雑に組み合わせたビジネスモデルも、デジタルでは可能。
- 多くの消費者は、本への出費を定額に抑えて多くの本を読めるプリフィックスを歓迎する。
- 印刷本絶対(優先)主義を放棄した出版社は、デジタルでの収益重視に転換する。
- ロスリーダーに使えるのは売れ筋本だけだが、常備本・必読本、ロングテイル系などは貸本向き
- 教科書、専門書など、すでに事実上の貸本型コンテンツサービスが拡大している。
- アマゾンだけでなく、あらゆる種類のビジネスがこのサービスを導入する可能性がある。
市場は動いている。紙からデジタルという趨勢はすでに決した。現在は、モノとしてのコンテンツの販売から、コンテンツを媒介にしたサービスへと重心が移行しつつある。このプロセスが5年で完了するか、ひと世代かかるかは不明だが、著者、出版社、書店、図書館といった存在は、それに対応するしかないだろう。
貸本は、本の流通形態としてはとても歴史の古いものだ。産業革命以前には知識・読書の普及に大きな役割を果たしてきた。デジタル革命は、近代以前への回帰(集中から分散へ、単一から多様へ)を伴う、と筆者は考えている。
◆ (鎌田、11/09/2011)