オンライン市場の推定シェア65%のアマゾン、同15%のB&N、ひと桁台のKoboが、それぞれ年に一度の商戦の戦果を発表した。いずれも記録的な販売であったことだけは確かだろう。しかし、アマゾンが「利益なき拡大」路線をひた走っているだけに、他社は息継ぎの暇もなく体力勝負に付き合わざるを得ない。Nook事業の「分離」の可能性を示唆したB&Nの苦境は、この市場の難しさを示している。Webビジネスでは珍しくないことだが、グローバル・プラットフォームをめぐるバトルは、急成長下での業界再編という局面に予想外に早く移行する可能性が強い。 [全文=♥会員]
顧客を喜ばせ、ライバルを苦しめ、出版社を困惑させるアマゾン
アマゾンの発表は、「Kindlesは連続9週間、100万台を優に超える売上を記録し…」という、いつもながらの「アマゾン的修辞」を散りばめたもので、実数を推定することは無理だ。次の四半期決算発表である程度の情報が得られるだろうが、利益をゼロ近くに据え置くようコントロールしている企業の事業収支を推定するのは難しい。ゴールドマン・サックス(GS)のアナリスト、ヘザー・ベリーニ氏によると、アマゾンの4Q11の推定業績は、前年比38%増の179億ドルで、予測された182億ドル(+40%)に届かなかったという。これはWebトラフィックデータ分析の専門会社ComScoreによるコマース業界平均(前年比15%)に、アマゾンのパフォーマンス実績(平均より+23%)を載せて推定したものでかなり大ざっぱな推定。
その逆の見積りもあり、パイパー・ジェフリーのジーン・マンスター氏は、Kindle Fire効果を見込んで、予測を超えたとレポートしている。KFだけで500~600万台。電子ペーパー製品(Touch/Basic)がその60%あまりという推定を信じるならば、40%というターゲットは突破したと考えるべきだろう。Kindle製品は通販だけでなく、量販店で大々的に販売されており、好調が伝えられるから、Kindleの販売推定はもう少し精密なものが要求されるだろう。
アマゾンのKindle事業が総合的にどこまで到達したのかを判断する材料は、これから出てくるだろう。とりあえず重要なことはE-Bookが売れ、本のデジタル化が加速され、出版社は相当な売上と利益で、紙の本の行く末を気にする余裕もなくなるということだ。それは出版社自身を困惑させるだろうが、歴史はそうしてつくられていく。
B&Nの天国と地獄:Googleによる買収の可能性も
1月5日に「Nook事業の記録的販売実績(12月31日までの9週間で前年比43%増の4億4,800万ドル)」を発表したB&Nの株価は、なんと20%もの暴落を記録したが、それはこのNook事業の分離を検討することを明らかにしたためだった。Kindle Fire対抗のNook Tabletは期待通りに売れ、書籍、雑誌、アプリを含むコンテンツ販売は113%増と絶好調。しかし新年度からはこの部門の業績は、書店(リテール)部門とは別個に発表するという。12年は、コンテンツで4.5億ドル、デバイス販売と合わせると7-7.5億ドルを見込んでいる。まず堂々とした数字。書店のほうも実質3%以上の増収を達成したので、通常なら明るい新年を迎えるはずだった。
しかし、それに続く「わずか2年の間に、弊社のNook事業は大きな価値を認められるまでになりました。私どもはこの価値を制約から解き放つ方法を検討すべき時期に来たと考えています。」というウィリアム・リンチCEOの発言は、耳を疑わせるものだった。投資筋は「B&NはNookを持て余して売却しようとしている!」と判断し、株価は暴落。リンチCEOは翌日から弁明に追われ、「ガチョウと金の卵を分けるつもりはなく、B&Nは今後もNook事業との関係を維持する」という釈明をしている。彼はPalmやHSNIのWebコマース事業で実績を挙げ、ゼロからNook事業を立ち上げた有能な人物だが、今回の情報発信は明らかに失敗だったとしか思えない。リテールとのシナジーを追求するのであれば、信頼できるパートナーを個別にあたるしかないが、B&Nの株価を下げれば交渉条件は悪化するからだ。
しかし、リンチCEOの発言は、B&Nもまた、Koboを楽天に売却したカナダのインディゴ社と同じ問題に直面していることを示している。つまりE-Book配信というビジネスは、アマゾンという桁違いのライバルが存在するせいで、通常の小売企業には分不相応な投資を要求されるということだ。物販と配送インフラを度外視しても、(1)クラウドプラットフォーム、(2)専用デバイス(E-Reader/タブレット)、(3)先端的ITを駆使したマーケティング、(4)グローバル展開、でまともに対抗するのは、ますます困難になりつつあるということだ。アナリストの推測では、B&NがNook事業に投じているコストは年間2億~2.5億ドルというが、5億ドル足らずの売上ではとても黒字にはならない。(絵はルーベンス「イカルスの墜落」)
Forbes誌(01/06)のマイケル・ハンフリー氏は「GoogleがNookを買収すべき5つの理由」について寄稿しているが、たしかにGoogleこそはB&Nが必要とするすべてを持ち、かつNookはGoogleがメディアビジネスで必要とするものを与えることが出来るので合理的に考えれば、これがベストマッチということになるだろう。Googleはすでに独立系書店の支援プログラムを持っている。企業風土がまったく異なるので合併が生産的な結果を生むかどうかは定かではない。<1+1=2>にすらならない例はいくらもある。うまくいけば、アマゾン、アップル、Googleという三つ巴の関係が明確になるだろう。
Koboはアジア市場開拓とマーケティング強化が課題
会員数が500万を数えるKoboは、上場していないので、さらに不透明だ。とはいえ1月5日の発表は賑やかで、新規顧客の増加ペースは10倍となって「毎日数十万のデバイスが起動している」「毎秒1点のE-Bookが売れている」と述べている。今年はとくにE-Bookギフトが活発だったようで、前年比3倍になった。アマゾンもそうだが、ギフト商品としてのE-Readerが普及すれば、自動的にギフトE-Bookも増えるという好循環が実現している。Koboの数字で今後注目されるのは、北米以外の市場の動きだろう。12月は、フランスが70倍、英国が10倍、ドイツが10倍ということだが、ゼロに近いところからのスタートなので多くて当然。今後アマゾンと競り合えるかどうか。
楽天/Koboにとっての課題は、(1)まだアマゾンが手を付けていない、日本を含むアジアで確実な橋頭堡を気づくことだろう。また、(2)サイトのUIとマーケティングは、これまでのところアマゾンが圧倒的なパフォーマンスを発揮しており、1台あたりのコンテンツ販売額を高めることが求められる。 ◆ (鎌田、01/12/2012)