EPUB標準を策定しているIDPFは2月13日、EPUB3普及のためのオープンソースWebKit参照実装を提供する、リーディアム(Readium)プロジェクトを発表し、Chrome用リーダを公開した。EPUB3はかなり規模の大きな標準で、実装は簡単ではないが、これが実例として提供されることにより、開発者の仕様への理解が深まり、負担が大幅に軽減されて標準の普及促進が期待される。アップルの「離反」によって立場が微妙になっていたIDPFの「反撃」と言える。HTML5をベースとするIDPF、アップル、アマゾンの仕様の競争から目が離せなくなってきた。 [全文=♥会員]
参照実装の公開による競争は標準の普及を促進する
参照実装は仕様を策定する場合に開発されることが多いが、HTML5という複雑・多岐にわたる標準をベースとしたEPUB3では、かなり完全に近い参照実装が提供されないと普及には時間がかかる。オーサリング・ツールとリーダ、作成されるコンテンツの間での互換性が確認され、確立するまでの時間が遅いほど、アップルやアマゾンなどの非標準的HTML5実装の普及が先行するリスクが高まるから、IDPFにとってReadiumは戦略的に重要な意味を持つプロジェクトとなる。かつてジョブズがアドビFlashに戦争を仕掛けたときにはHTML5標準を前面に立てたものだが、今回は立場が変わっている。Readiumを支援する有力企業は、Google、ソニー、アドビ、サムスン、Kobo=楽天、B&N、米国出版社協会(AAP)などである。
Readiumのコードベースは、コンテンツ開発者のためのテスト・アプリケーションとしてパッケージされており、WebKitエンジンを使ったEPUB3実装の完全な参照実装を目指している。商用リーディング・システムがこれを共通のベースとすれば、EPUBコンテンツの動作チェックを、何種類ものツールに対して行う必要はなくなる。最初のプロトタイプはGoogle Chromeブラウザの拡張(Chrome Extention)として、WindowsおよびMac OS/Xに対して提供されたが、年央までにはAndroid版も提供される。
アップルiBook Author(iBA)とリーダは、実質的に(アップルが策定に貢献した)EPUB3と同等のものであり、アップルはWebKitベースの高度なリーディング・システムの実装を有している。しかし当面それをオープンソースとして公開する可能性はほとんどないだろう。しかし、オープンソース実装でiBAの機能がすべて実現できることが証明されれば、アップルが独自版を継続する意味は小さくなる。簡単に言えば、iBAと同等のオーサリング・ツールにかかっていることになる。Readiumのメンバーはツールに強い関心を持っているというが、無料ツールは商業ツールの価値にも大きく影響するので、プロジェクトじたいが無償ツールを提供するかどうかは不明だ。
純正EPUB3、iBook2、KF-8の微妙な関係
アップルがiBook 2での“EPUB離脱”をどの時点で考えていたのかは定かではないが、結果的にアップル自身の市場での立場を難しくし、結果的にライバル企業や新興企業に多くの可能性を与えたことになる。IDPFはiPadを持つアップルに依存しなくなり、自力での普及と市場拡大に取り組むこととなった。これは悪いことではない。HTML5を共通のベースとするEPUB3、iBook2、KF-8が鼎立する形勢だが、この3つは同一にもなればほとんど異質なものにもなりうる。3者の距離も、かなり政治的に微妙だ。
例えば、アマゾンが“実質”的にEPUB3を採用し、DRMだけを独自のものとしても誰も驚かないだろう。旧KindleフォーマットもEPUBと共通の部分を持ちながら、クラウド・サービスのための独自の拡張を施していた。出版社が入稿フォーマットをEPUB2にしても問題が生じないようになっていたわけである。逆にアップルはEPUB3の実装を使いながら名前を変えてしまった。「復帰」は容易で、そのオプションもある。三者の(力)関係から目を離せないが、コンテンツ開発者として重要なことは、ともかくオープンな仕様を基本としていれば、方言を使うベンダーのほうで対応してくれるということだ。標準の意味はそこにある。
IDPFのビル・マッコイ事務局長は、個人的見解としながらも、EPUB3が狭い出版の世界だけでなく、マニュアルやカタログなどのビジネス出版物を含む、Web上のポータブル・ドキュメントの標準として普及していくという考えを表明している。また、EPUBリーダ機能がブラウザに実装されることで、ブラウザのEPUB環境化が進むことも期待している。これらによって、多様な実装が多様なビジネスモデルとともに登場することを期待していると考えられる。EPUBには標準的なDRMがなく、図書館などで問題になっているが、Readiumはこれにはコミットしないとしている。しかし、マッコイ氏自身は、EPUBが将来共通のDRMを持つことを考えているようだ。 ◆ (鎌田、02/15/2012)